最近はどの教育現場でも、「食育」を行うようになりました。
長野県の自然保育でも、食は大切にしています。でも、その取り組みはあまりに高レベルなのに無理がなく、しかも実に美味しい!
そこに食育のあるべき姿を垣間見たように感じます。

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私に美味しい体験をさせてくださったのは、長野県伊那市の「山の遊び舎はらぺこ」。長野県の森のようちえんとしては先駆け的存在となっているところです。敷地内に畑があり、1年を通じて、さまざまな食料を育てています。

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見学をした日は、祖父母参観日ということで、おじぃちゃん、おばぁちゃんが一緒に登園。ひとしきり遊んだ後に、調理体験をするというものでした。

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メニューは、サーモンちらし寿司と、鮭のあら汁。
メインとなる鮭は、園児のおばぁちゃんが養殖しているもので、園児の目の前でさばくという貴重なイベントとなり、子どもはもちろん、大人も釘づけ。

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さらに寿司に使う米は、近くの水田を借り、園児が自分たちで田植えから収穫まで行ったもので、野菜は敷地内の畑で育てたものでした。

ちょっと切ない、今の食育事情
文部科学省は、「学校での農林漁業体験をはじめ様々な機会や場所における適切な食生活の実践や食に関する体験活動の促進、適切な知識の啓発等に積極的に取り組むことによって、子どもの成長に合わせた切れ目のない食育を推進」しましょうと言っています。

そのため、都会の学校で何をやっているのかといえば、百均で手ごろなサイズのバケツを買い、そこに土を入れて水を張り、ほんの少しの苗を植えて米を栽培します。カラスや猫が荒らさないように、厳重に網をかけ、当番制で水をやり、秋に収穫をして、調理実習に使います。

現状でできる精一杯の食育なので、これはこれで素晴らしいのですが、いまひとつありがたみを感じられないのも現状で、「スーパーのお米のほうが美味しいわ」とか、「水田って大きなバケツみたいなものなんだね」と、身も蓋もない感想を言ってしまう子供もいます。

自分で育てるから食の尊さを感じられる
森のようちえんの子供たちは、食育がもっと身近にあります。自給自足とはいかないものの、自分達が植えて、育てて、収穫した作物をみんなで食べるということが、生活の中に取り入れられています。

食物を植えただけでいいのではなく、成長にあわせて日々手をかけ、虫よけのための工夫をし、収穫量を増やすために間引くという不思議な体験をし、毎日見守ることで、食の尊さを自然に身につけていきます。不格好な野菜も美味しいと思うし、しっかり味わって食べようと思います。

そうして近くの畑で育つ作物にも関心を持つようになり、天候が悪い日が続けば、「農家の野菜は大丈夫なの?」と心配になります。そこにはやさしい配慮があります。

これは「芋堀り」をイベントとして取り組んでいるだけではでてこない発想。「芋を掘るのって大変だね」ではなく、ずっと手をかけて育てた芋と出会える収穫には、感動と安堵があるはずです。

多くの森のようちえんで、地域の田畑を借りたり、農家の協力を得たりして、本物の農業体験をさせています。またできるだけ地域のものを食べようと、積極的に地産地消に取り組んでいます。このような体験をしていれば、将来の食への無関心はなくなるように感じました。

美味しい食事をするためには、思いっきり遊ぶ!
そしてもうひとつ。
最近の子どもの中には、食が細い子が増えています。お弁当や給食の時間になっても、なかなか箸をつけない子どもが増えているのです。それは、身体を十分に動かさないために、お腹がすいていないことが理由のひとつになっています。

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はらぺこの小林成親先生は言います。
「子どもは思いっきり遊び込んで、おなかがすいて、ごはん食べよう。そして、『ああ、うまい』というサイクルの中で、体も心も育まれます。『食べたい、うまい』という気持ちは、どうしたって大事です。」

食育の本質は、厳重管理したバケツで苗を植えて満足することではなく、人が生きるという根本に訴えかけるものでなくてはいけないと思います。

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体を動かして、お腹を空かせて食べる地域の食材は、きっと最高に美味しく、この上ない幸せを運んでくれるものでしょう。サーモンちらし寿司を美味しそうに食べながら、お米の栽培がどれだけ大変だったかを自慢げに話す子どもたちを見ていると、自分達で作って自分たちで消費する「自産自消」を経験することの貴重さをしみじみと感じました。そしてそこに、最高の贅沢があるとも感じました。

幼い頃に自然と触れ合った子どもは、豊かな心を育み、しっかりと未来を歩く力を身につけます。
満足度の高い人生のために、たっぷりの自然体験を!

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