前回の記事(世界のオーバーランディング文化から学ぶ — 日本への示唆と可能性)では、世界各地で急速に発展するオーバーランディング文化について詳しく解説しました。しかし、海外の長期間にわたる大陸横断スタイルをそのまま日本に持ち込むには、さまざまな課題があります。
そこで注目したいのが、日本独自の地域資源を活用した新しいアプローチの可能性です。本記事では、Nature Serviceが提唱する新しいコンセプト『ふるさと巡り』型オーバーランディングについて、実際に進行中の森林資源活用プロジェクト(広島県北広島町)も参考にしながら、地域資源をどのように活用し、持続可能で魅力的な新しい観光・体験モデルを実現できるかを具体的に考察していきます。
地域文化と深くつながる共生型ツーリズムの可能性

現地コミュニティとの出会い
オーバーランディングの旅では、単に自然を見るだけでなく各地の人々との出会いや文化交流が大きな醍醐味となります。途中で立ち寄る小さな町や集落では、土地ごとの食文化や音楽、生活様式に触れられるため、旅を豊かに彩る学びの機会となります。
現地の料理を味わい、歴史を教わり、時には祭りや行事に飛び入りで参加させてもらうこともあるでしょう。こうしたローカルとの交流を通じた相互理解こそが、オーバーランディングが目的地重視の従来の車旅と一線を画す点です。移動そのものを楽しむオーバーランディングだからこそ、道中で出会った人々との何気ない会話やふれあいが、その土地への愛着や新たな視点をもたらしてくれるのです。
地域への敬意と相互尊重
地元文化へのリスペクトもオーバーランディングでは重んじられます。旅人側は訪問先の習慣やルールを尊重し、地域社会の迷惑とならない行動を心掛けます。例えば私有地に無断で立ち入らない、許可なくドローンを飛ばさない、井戸や水源を汚染しない等は基本です。
また騒音を抑え静かにキャンプする、薪などの現地資源を乱獲しない、野生動物や放牧家畜に干渉しないといった配慮も欠かせません。こうしたマナーを守ることで現地の人々から歓迎され、ひいては今後のオーバーランダーへの理解も深まります。
経済的な共生メリット
さらに経済的な共生メリットも注目されています。オーバーランダーが燃料補給や食材調達で立ち寄ることで、過疎地のガソリンスタンドや商店に収入がもたらされます。またガイドや宿泊を地元事業者に依頼すれば直接的な雇用機会となります。
後述しますが、アメリカではオフロードコース整備プロジェクトが地方経済にもたらす恩恵が報告されています。未開拓の田舎道をルート化した結果、新たな観光客が地域にもたらされ、経済効果が生まれているのです。
地域住民が「自分たちの土地を訪れる旅人」にホスピタリティを示し、旅人も地元に敬意と金銭的還元を払う。こうしたウィンウィンの関係が築かれれば、オーバーランディングは単なる個人の冒険を超えて地域活性化の一助ともなり得ます。
林道・作業道の活用事例と観光資源化

海外における成功事例
未舗装の林道や産業道路の活用は、オーバーランディング文化の発展と地域振興を結びつける鍵として各地で注目されています。使われなくなった道路を「冒険の舞台」に再生させた好例が、アメリカ・ユタ州のモアブです。
かつてウラン鉱山へのアクセス道として整備されながら廃れていた無数の荒れた道が、四輪駆動車のオフロード聖地として再活用されました。現在では全米からジープやバギーが集う一大メッカとなり、オフロード観光の中心地として町は蘇っています。
同様の動きは各地にあり、例えばオーストラリアでは開拓時代の放牧路や鉱山道がそのまま4WDツーリングルートとなり、世界中のオーバーランダー憧れの冒険コースになっています。著名なキャニング・ストック・ルート(全長1,800kmの砂漠縦断路)も元々は牛の移送路でしたが、現在では荒野好きが挑戦する究極のオーバーランドルートとして知られます。
アメリカのBDR
アメリカではNPOが中心となり、州ごとに「バックカントリー・ディスカバリー・ルート(BDR)」と呼ばれるオフロードを整備する動きがあります。これは主にバイク向けのルートとして州内の森林公有地の未舗装路や古い町道をつないで数百マイル規模の周遊ルートを作り、GPS地図データを無償公開するものです。
BDRは既存の未舗装インフラを観光資源化した代表例であり、コース沿いの町ではバイクで訪れる旅行者が増えています。
BDRのホワイトペーパーによると、BDR関連の支出により年間6,000万ドル(約85億円)以上の経済効果が全BDRルートで創出されていることが明らかになりました。ワイオミング大学ビジネス・経済分析センターとの共同研究では、ライダーの支出パターンが詳細に分析され、特に小規模な農村コミュニティへの大きな経済効果が確認されています。
観光客の流入は、ホテル、キャンプ場、レストラン、ガソリンスタンド、食料品店、公園など、さまざまな分野に及んでいます。これらの農村地域の多くは、鉱業や林業といった従来産業の衰退により経済的課題に直面していましたが、BDRの取り組みは遠隔地の地域経済にとって重要な新しい観光収入源となっています。その結果、「オフロード走行者=地元にも利益をもたらす存在」として歓迎されるようになり、地元有志が率先して道標を整備したり通行許可の継続に協力したりする好循環も生まれています。
このBDRのコンセプト「既存インフラの観光資源化と地域経済への貢献」は、日本でも幅広い林道ネットワークを活用した、オーバーランディングルートの整備に応用できる考え方です。
日本における林道活用の可能性
日本も同様に、全国に張り巡らされた林道・農道・作業道が眠っています。戦後の林業全盛期に整備されたものの現在は使われていない道、かつて集落間を結んだ峠道などが各地に点在しており、これらをオーバーランディングルートとして再活用できる可能性があります。
未利用の道を単に走行ルートにするだけでなく、その過程で地域の歴史や文化を再発見する機会にできる点も見逃せません。例えば昔の街道や古道をたどるオーバーランディングツアーを企画すれば、旅そのものが郷土史探訪になります。現地の方々から昔の暮らしを聞いたり史跡を訪ねたりと、単なる娯楽を超えた深みのある旅コンテンツとなり得ます。
日本での実証プロジェクト
すでに日本でも、未活用の林道を使ったオーバーランディング体験を観光商品化する動きがはじまっています。Nature Serviceの取り組みでは広島県の北広島町と協力し、町内の林道・廃道を整備してキャンプ可能な走行ルートを造成する実証事業を進めています。
このプロジェクトでは安全確保のためIT技術で走行車両をモニタリングしつつ、地域の見どころを巡るコース設定やキャンプ場整備を行う計画で、将来的には町の新たな観光の目玉にする狙いです。
日本の国土の約7割は森林であり、欧米に比べても密度の高い道路網が山間部に存在します。この地形的ポテンシャルを生かさない手はなく、地域住民の理解と協力を得ながら「走って泊まれる観光地」を各地で展開できれば、観光客分散や地方創生にも寄与することを狙っています。
「ふるさと巡り」型オーバーランディングへの展望

日本ならではの独自価値
以上の知見を踏まえ、日本ならではのオーバーランディングスタイルとして提案できるのが「ふるさと巡り型オーバーランディング」です。日本には、各地に個性的な里山文化や郷土料理、温泉、お祭りなど豊かな地域資源が点在しています。
これらを結びつける形で、単に山を越え谷を駆けるだけでなく「里に出会う旅」を演出してはどうでしょうか。例えば、林道を越えてたどり着いた先で地元の方と交流し、その土地ならではの郷土料理を一緒に楽しむ—そんな「ふるさとを巡る」旅こそ日本型オーバーランディングの醍醐味になり得ます。
実現に向けた条件整備
海外のオーバーランディング文化が示すように、旅人と地域が心を通わせ互いに尊重し合う関係は持続可能な観光の理想形です。日本でも、林道ツーリングをきっかけに観光客が訪れ始めた例などがあります。例えば徳島県の剣山スーパー林道(延長87.7km・日本一の長さを誇る林道)は、森林資源開発を目的として開設されましたが、現在では優れた自然景観と紅葉の観光道路として高い価値を持ち、ツーリング愛好者に人気のルートとなっています。
行政や観光協会が主導して林道の路面維持や情報発信を行えば、安全面への不安も和らぎ利用者が安心して訪問できるでしょう。幸い日本には四季折々の美しい景観と変化に富んだ地形があり、一つの県内でも山岳、渓谷、海岸、里村と多彩な風景を楽しめます。
これらをつなぐルートを整備し、各ポイントで地域ならではのおもてなしを提供できれば、海外のオーバーランダーも魅了する独自のオーバーランディングツーリズムになるはずです。
まとめ
地域資源の活用を基盤とした日本型のオーバーランディングは単なるアウトドアではなく、人と自然と文化を結ぶ懸け橋となる可能性を秘めています。海外の事例から得られる知見を踏まえ、日本ならではの創意工夫で「ふるさと巡り」型のオーバーランディングが1つの選択肢となるのではないでしょうか。
これにより日本各地に眠る地域資源の価値を再発見する、まったく新しい旅のかたちとなることが期待されます。

《参考URL》
BDR Releases Comprehensive Economic Impact Study White Paper

Nature Serviceのウェブメディア NATURES. 副編集長。
自然が持つ癒やしの力を”なんとなく”ではなく”エビデンスベース”で発信し、読者の方に「そんな良い効果があるのなら自然の中へ入ろう!」と思ってもらえる情報をお届けしたいと考えています。休日はスコップ片手に花を愛でるのが趣味ですが、最近は庭に出ても視界いっぱいに雑草が広がり、こんなはずじゃなかったとつぶやくのが毎年恒例となっています。