なぜ、トヨタのディーラーがキャンプ場を作ったのか。静岡県富士宮市、朝霧高原に位置する「朝霧Camp Base そらいろ」、2023年7月のグランドオープン以来、高規格な設備と徹底されたサービスで多くのキャンパーを魅了している。運営するのは、トヨタユナイテッド静岡株式会社。異業種からの参入、そして前例のない大規模な投資。その背景には、単なる事業の多角化に留まらない、深い経営哲学が存在した。
※この記事は、キャンプ場のリアルな経営ノウハウに迫る【キャンプ場経営の実学】シリーズの特集記事です。
※特集記事、【キャンパーはまず気がつかない。朝霧Camp Base そらいろの「神ディテール」】は11月12日公開予定です。

白鳥 真次 (Shinji Shiratori)
トヨタユナイテッド静岡株式会社にて朝霧Camp Base そらいろを企画・運営。ユナイテッドアローズで12年間の接客・人材育成経験を積み、静岡鉄道を経て現職。企業内起業家として大規模なキャンプ場事業を立ち上げ、「人こそが最大の資産」の哲学で運営。
朝霧Camp Base そらいろ
静岡県富士宮市朝霧高原(標高800m)に位置する企業型キャンプ場。2023年7月開業、トヨタユナイテッド静岡運営。全面芝生敷地、4エリア232張設営可能。ウォシュレット完備、24時間無料シャワー、ドッグラン併設。「お母さんが選んでくれるキャンプ場」をコンセプトに、ファミリー層に人気。
第1章:たった一人の熱意から始まった挑戦 。企業内起業家・白鳥氏の肖像
「どこの馬の骨ともわからないやつが、会社の金でキャンプ場をやりたいと言っている」。異業種から転職してきた一人の男が、社内でそう噂されるところから、この物語は始まった。前例のない巨大プロジェクト、懐疑的な役員たち、そして支援者もいない、まさにゼロからのスタート。彼はいかにして周囲を巻き込み、巨大な組織を動かしていったのか。オープニングセレモニーで流した涙の理由と共に、プロジェクトの原点である白鳥氏個人の情熱と挑戦の軌跡を追う。
——まず、トヨタユナイテッド静岡さんがキャンプ事業を始められた経緯について教えてください。
経緯としては、業界全体として今後、ディーラーは車を販売していくだけでは立ち行かなくなるという危機感が背景にあります。人口減少や若者の車離れ、高齢化といった外部環境の変化の中で、車を購入いただいたお客様に、購入後の体験価値を提供できる場という意味で、キャンプ場を運営しています。
トヨタユナイテッド静岡は、キャンプ場事業以外にも様々な取り組みに挑戦しています。BEV1やPHEV2と太陽光パネル・蓄電池をセットで販売するライフスタイル提案、さらにはカーボンニュートラルの取り組みとして、車とCO2排出権3を組み合わせて提案するなど、環境問題にも先進的に取り組んでいます。「車を使った体験価値を提供する」という理念のもと、単なるカーディーラーの枠を超えた挑戦を続けているのです。
このプロジェクトはもともと私個人が温めていた企画でもありました。「静岡鉄道に面白いことを言っているやつがいる」ということで、当時の社長に紹介していただき、役員会議で直接プレゼンする機会を得て、このプロジェクトが始まりました。
- BEV(Battery Electric Vehicle): ガソリンエンジンを持たず、バッテリーに蓄えた電力のみでモーターを駆動して走行する純粋な電気自動車。 ↩︎
- PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle): ガソリンエンジンとモーターの両方を持ち、外部電源からも充電できる。EV走行とハイブリッド走行を使い分けられる自動車。 ↩︎
- CO2排出権: 企業などが排出できる二酸化炭素(CO₂)などの温室効果ガスの上限量を取引する権利のことで、経済的な仕組みを通じて地球温暖化対策を促すもの。 ↩︎

——前例のないプロジェクトとのことですが、それを立ち上げるというのは、相当な挑戦だったのではないでしょうか。
そうですね。私はもともと静岡鉄道という別の会社から来た人間で、「どこの馬の骨ともわからないやつが、会社の金でキャンプ場をやりたいと言っている」という状態から始まったので、最初は本当に大変でした。
特に社内の決裁が一番の課題でしたね。
トヨタユナイテッド静岡としてもキャンプ場事業は前例がなく、当然なのですが当初役員の中には懐疑的な方もいました。それに、結局いくらかかるのかが誰にもわからない。当初想定していた投資額から、結果的に上振れするなどの状況もありました。本当に実現できるのかわからない状況が続き、精神的にはきつかったですね。
——そもそも、なぜ「キャンプ場」だったのでしょうか?
趣味が高じてというところは大きいかもしれません。
私が24、5歳くらいの頃に当時勤めていたユナイテッドアローズのお客様に連れて行ってもらったのがきっかけです。そのキャンプが本当に本当に楽しくて。当時はまだ道具も一般的で、スノーピークがやっと有名になり始めた頃でしたが、キャンプの先輩であるお客様が作ってくれたキャンプ飯と、大切な人たちとの1泊の体験がとてもワクワクしました。それがきっかけで道具を揃えたいと思うようになりました。
初めて連れて行ってもらったのは御殿場の「やまぼうし」というキャンプ場で、芝生がとても綺麗で、「こんな素敵な場所でキャンプができるんだ」と感動しました。それ以来、ほとんど「やまぼうし」にしか行っていませんでした。そのお客様の後輩が経営していたりなどもあって、場所も確保されていましたし(笑)。
それからどんどんキャンプが好きになり、会社でもキャンプ事業ができたら良いなと思うようになりました。ちょうど説得力のある第3次キャンプブームが到来していたことも、この思いを後押ししました。

——ユナイテッドアローズでのキャリアから、地元の静岡鉄道へ転職された背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
ユナイテッドアローズは素晴らしい会社でしたが、東京を本社とする企業でステップアップしていくと、地方支店では店長がキャリアの限界でした。エリアマネージャーになるには東京本社に行く必要がありました。
でも、キャンプ好きで郊外での生活を望んでいた私にとって、都内での生活は想像できませんでした。転勤なども家族がいたりで動きづらいところもあり、賃貸住宅の収納問題などライフスタイルの変化も重なり、この先どうしていこうかと感じた時、地元貢献への思いも相まって静岡の会社への転職を決意した経緯があります。
——役員の方々に直接プレゼンされた時のことを教えてください。どんな準備をして、どんな言葉で想いを伝えましたか?
円卓にポツンと座らされたことは強く覚えているのですが、内容は、とても緊張していたので実はあまり覚えていないんです(苦笑)。
2020年10月頃、私が静岡鉄道に所属していた頃ですが、トヨタユナイテッド静岡の前身である静岡トヨペットの役員全員に向けてのプレゼンでした。
この時提案した土地は現在の場所ではありませんでしたが、今後の自動車販売事業が縮小していく可能性も絡めて、キャンプの体験価値も含めて伝えました。「こんな候補地でこんなことをやりたい」という具体的な提案をしたと記憶しています。
私の提案に対し、当時の静岡トヨペットの会長や社長も「やろう!」と前向きな反応を示してくださり、否定は一切されませんでした。キャンプと車の販売という組み合わせが良かったのだと思います、当時のキャンプブームの機運もあり、親和性が高いと判断されたのでしょう。
——プレゼン成功後、実際のプロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか?
最初は、私が主導で企画と構想を進めていました。土地探しから許認可の取得、関係各所との交渉まで、意思決定や行動の中心は私でしたが、当然わからないことばかりでした。
そして最初の候補地として最有力だった場所での事業推進が頓挫します。当時発生した熱海の土砂崩れの影響で規制が厳しくなっており、キャンプ場を作ることが大規模な開発行為に該当すると判断され、期限もコストも全く見通せなくなり、余儀なく断念することになりました。その時は本当に自分の無力さを痛感した瞬間でした。
でも、この困難な状況が私の意識を変えるきっかけとなったのも事実です。
それ以前は、「全て自分でやって、見せつけてやろう!」というような変なプライドがあったのですが、わからないことが多すぎて、だいぶ早い段階で、「頼ることにしよう」と決めました。所属していた部署の仲間やコンサルティング会社といった外部の専門家、そして上司の協力を得ることで、プロジェクトは加速していきました。
やはり全然知識量も経験も違いました。社内外の専門家の方たちから意見をいただきながらも、最終的には私の意見を尊重し、キャンプ場の雰囲気やテイスト、建物の希望など、予算以外で「ノー」と言われることはほとんどなかったことに、今となっては感謝しかありません。
手前味噌ですが、ここが弊社の素晴らしいところだと思います。
前例のない大規模な投資を決断し、外から来た一人の社員の情熱を信じて、組織全体で支えてくれた。
「人間性の尊重」と「チームワーク」を重視する企業文化が、このプロジェクトを実現に導いたと考えています。
——完成した時のお気持ちはいかがでしたか?
オープニングセレモニーの挨拶では、思わず泣いてしまいました。
転職後は実は、毛色の違う地元企業で馴染めないと感じていました、今思えばその7年間は「黒歴史」だったかもしれません(笑)。ユナイテッドアローズ時代は服好きの仲間が集まる価値観が近い環境だったのに、急にさまざまな価値観の集まる人がいる会社に入り、自分から壁を作っていったのを覚えています。そうすると、「白鳥さんは怖い」という印象を持たれ、余計なことを言われなくなるのは楽という部分があったのもいけなかったのかもしれません。
でも、このプロジェクトを通じて、自分一人じゃできないことがあり、部署のメンバーや他部署の人たちと深く関わり助けてもらいながら、一緒に仕事を進めていく中で、本来の自分を取り戻せた気がします。その色々と混ぜこぜになった想いが、挨拶の時に一気に溢れてきてしまいました。
白鳥さんってあんな人だったんだーってみんなびっくりしたそうです(笑)。

第2章:「勝ち筋」の設計学 ——— 戦略的視点で築くキャンプ場の”ハード”
なぜ、キャンプ場銀座とも呼ばれる激戦区・朝霧高原だったのか。なぜ、高規格な設備にこだわったのか。そして、なぜ美しい芝生が不可欠だったのか。ここでは、白鳥氏の個人的な「原体験」と、カーディーラーとしての「事業戦略」が交錯する、緻密な計算に基づいた”ハードウェア”の設計思想に迫る。そこには「ふもとっぱら」の存在を逆手に取ったしたたかな戦略と、「お母さん」という明確なターゲット設定、そして県の規制という現実的な制約との格闘があった。
——朝霧高原という立地を選ばれた理由を教えてください。ここは「ふもとっぱら」をはじめ、キャンプ場の激戦区でもありますが。
結論から言うと、もともと「富士グリーンパーク」という事業の跡地だったため、開発許可の申請や整地にかかる費用と期間を大幅に削減できたからです。
自分たちの会社が静岡なのでエリアは県内、そして富士山という最大のコンテンツがあるのでその周辺で探していました。伊豆や御殿場、小山町も見に行きましたが、地価が高くて。その中で、富士宮が一番安価だったのです。
そのような中で、コンサル会社様から「グリーンパークの土地は絶対良い」「分筆してもらったらどうだ」というアドバイスをもらいました。その方も地元の方で、昔そこで野球をしていたらしく、「野球場もサッカー場もあるし、平地が残っているはずだから、うまくやれば開発行為なしで進められるかも」といった情報をいただき、土地の所有者は地元の企業であることを教えてもらいました。
社内で「どう相談しようか」という話になった時、たまたま弊社の役員と土地所有者が知り合いだったんです。それで、役員にこの土地を買いたいと相談しました。きっかけはそんな偶然ですが、何が何でも成し遂げてやろうと思っていました。
——どうしてそこまで?
会社がここまでやる方向に傾いてくれているのに、それを形にできないのは本当に申し訳ないし、もったいないと思い必死でした。形にしないと、働く場所がなくなってしまうという切実な危機感もありました(笑)。

——「ふもとっぱら」の存在は意識されましたか?
はい、あれだけの集客がある場所なので、競合ではありますが、同時に「大ゴケはしないだろう」という安心材料でもありました。アクセスも悪くないですし、富士山もきれいに見えますから。ただ、いざ始めてみると、やっぱり「ふもとっぱら」はすごいな、と感じています。
——「朝霧Camp Base そらいろ」という名前には、どのような由来があるのでしょうか?
会社の事業なので、従業員を巻き込もうということで社内公募で決まりました。「朝霧」「キャンプベース」「そらいろ」といったパーツごとの案を組み合わせた形です。
ちなみに私は当時、北欧ブランドが好きだったので、デンマーク語の名前を考えていたり、他にも、「ふもとっぱら」や「ほったらかし」のような、ひらがなの名や、個人的には「ナマケモノ」という名前も生態がキャンプに合っていて面白いかなと思っていたのですが、採用されませんでした。(笑)ただ、サイト名に私の往生際の悪さが一部垣間見えるかと思います。
——ターゲット設定はどのように考えられたのでしょうか?
カーディーラーという事業柄、お子様連れのお客様を大切にしているので、30〜40代の小学生のお子様がいるファミリー層をメインターゲットにしています。特に「お母さんが選んでくれるキャンプ場」を目指していて、お湯が出る給湯器やウォシュレット、いつでも使えるシャワーなど、細かいですが女性目線の設備を整えています。
根底には私が潔癖症であることもありますが、施設の清潔さと管理品質への強いこだわりがあります。女性が虫嫌いだったり、トイレや水回りが汚いと行きたくないという感覚は、キャンプ場選びで特に重要な判断基準だと考えているからです。
おかげさまで設備については好評ですが、一方で炊事場やシャワーの数が少ない、というご意見もいただきます。これには理由があって、県の規制で水回りの建物の面積が100平米までと決められているんです。お客様にはその事情はわからないので、もどかしい部分ではありますね。
——芝生がとても綺麗ですが、何かこだわりが?
ありがとうございます。先ほどもお話ししました御殿場の「やまぼうし」というキャンプ場が、隣の「太平洋クラブ御殿場コース」というゴルフ場に芝生を卸している会社が運営していて、芝生が本当に綺麗だったんです。他にも御殿場エリアだと、大野路ファミリーキャンプ場さんとか長田山荘さんとかも綺麗な芝生で運営されてますよね。その原体験があって、土や牧草地が中心の朝霧エリアで、綺麗な芝生のキャンプ場を作れば差別化できるのではないかと考えました。
全体の自然の設計面では、余分に木を切らなかったことですね。元々あった木を活かし、「ふもとっぱら」のように開けた空間にするのではなく、木々でエリアを柔らかく囲うことで、落ち着いた雰囲気を出したかったんです。

——料金設定について教えてください。周辺に比べて少し高めの設定ですが。
設備の価値に見合った料金設定にしたいという思いがありました。多くのキャンプ場さんが導入されている季節による変動料金制も検討しましたが、朝霧Camp Base そらいろはわかりやすさを重視して一律料金にしています。
2024年に値上げをしたのですがその一番の理由は、ゴミの分別問題にあります。想定を上回るゴミの分別ルール違反により、回収業者さんから指導が入る事態になり、確認・管理に想像以上の時間とコストが生じてしまいました。苦渋の選択とはなりましたが、この運営上の課題に対応するため、大人1名につき550円の「施設管理料」を料金に加算させていただくことになりました。
実際に、チェックイン時にゴミ袋をお配りさせていただいたりと、その費用に見合った対策を講じており、多くのお客様にご理解いただいております。
第3章:競争優位の源泉 ——— 「人」と「仕組み」で作り上げる”ソフト”
「設備はお金さえかければ真似できる。でも、人は真似できない」。白鳥氏が繰り返し語るこの言葉こそ、そらいろの競争優位の核である。前職で叩き込まれた哲学を伝え続ける一方で、現場スタッフに大幅な権限移譲を進める。その両輪で「人の質」という見えざる資産をどう築き上げてきたのか。クチコミに名指しで届く感謝の言葉、そしてゴミ問題という現実的な課題に誠実に向き合う料金改定の裏側から、持続可能な運営を支える”ソフトウェア”の神髄に迫る。
——他のキャンプ場さんとの最大の差別化ポイントは何だとお考えですか?
先ほどお話しした芝生もそうなのですが、最大と言われるとやはり「人の質」です。これはもう従業員に繰り返し、言い続けていますね。私自身が前職(ユナイテッドアローズ)で接客や言葉遣い、清掃を徹底的に教え込まれてきたのもあって、そこが我々の最大の強みであり、差別化ポイントだと考えています。
設備はお金さえかければどこでも真似できますが、「人」は真似できませんから。
人の教育は決して簡単なことではないですが、そこから逃げずにやり続けるしかないと思っています。
——スタッフの採用基準について教えてください。
採用の基準は、キャンプ好きかどうかよりも、初対面の人にどう自分を表現するかという人柄を見ていた気がします。これはお客様の受付と同じだと思っています。
あとは、お母さんから選ばれるキャンプ場を目指していることと、私が極度の潔癖症なので、そのレベルで掃除をしていただきたいという話はしました。もちろん、室内業務だけでなく芝刈りなどの外作業もやっていただくという話もさせていただき、理解をしてもらっています。
——ユナイテッドアローズ時代の教育について教えてください。
たくさんあります。徹底的に叩き込まれたのは、2ヶ月間缶詰になってやる研修です。会社の理念ブックやマニュアル本を毎日叩き込まれ、言葉遣いの練習もさせられました。接客のロールプレイングもですね。最後は合宿研修もありました。それくらいやると、何かあると「これってお客様視点なの?」という言葉が口癖になり、部下にも言うようになりました。
お客様が全てという考え方で、今の事業にも通じていますが、「お客様」と絶対に言わなければなりません。「きゃく」という言葉は当施設でもNGです。たまに知り合いと話していて「きゃく」と言う人もいますが、「お客様だろ」とおもっちゃうのは教育された賜物でしょうか(笑)。定期的に研修があったので、考え方がブレないのは本当に素晴らしい組織だったなと思います。
——恩師について教えてください。
恩師と呼べる方は二人います。
一人は、前職の上司にあたるKさんです。
私が店長の時にエリアマネージャーとして、「ロジカルに考えろ」と何度も指導していただきました。私は直感型の現場人間でしたが、彼は大きな視点でクールに考えるタイプの方でした。このプロジェクトを立ち上げる際の考え方の基礎を教えてくれた方です。Kさんとは会社を辞めてから音信不通でしたが、最近、彼の奥様がうちのキャンプ場を偶然予約してくれていたことで再会し、現在は常連さんになってくださっています。
もう一人は、現在の直属の上司であるY部長です。
普段はリモートで離れた場所にいらっしゃいますが、キャンプ場開業後、運営面で様々な課題に直面する中で、常に私に期待を伝え、支援してくださる方です。頭の回転が速く、端的に物事を伝えるスキルに長けている方で、困った時には何も聞いていないのに現場に足を運んでくださるなど、細やかな配慮を感じさせてくれる存在です。
この二人の恩師の存在がなければ、このプロジェクトをここまで進めることはできなかったでしょう。

——運営体制はどのようになっているのでしょうか?
現在のスタッフ体制は正社員4名、パート・アルバイト5名(合計9名)です。新人スタッフが理念を体現できるようになるまで最低でも半年はかかると思っていて、覚えることは多いです。予約の調整枠管理は社員、受付・レジ・掃除・クローズは分担していますが、屋外作業は未分担で、現在体制の再検討中です。
私が不在の時でも現場が円滑に運営されるよう、私自身も休暇を取得し、夜間の宿直は他のスタッフに委ねることも多いです。予約管理に関しても、初期の枠組み作りを除き、お客様からの問い合わせ対応を含めて、ほとんどをスタッフに一任していて、その上、お客様とのやり取りを記録に残すスタッフもおり、顧客管理の面で大いに助かっていますね。
——日常の一日の業務について教えてください。
午前中はスタッフ全員での掃除、受付対応、電話番、管理棟の掃除です。昼休憩のシフト回しをして、午後14時以降は打ち合わせやスタッフへの声かけ、場内巡回を行います。
17時〜18時に夕方の掃除、レジ締め、日報、終礼をして、片道1時間以上の通勤時間があります。
——印象に残っているお客様とのエピソードはありますか?
オープンしてすぐの頃、ハイエースに乗られたご夫婦が利用してくださいました。約1年後に再訪された際、「以前良くしてくれたけど、俺のこと覚えているか?」と尋ねられたんです。あいまいな記憶の部分もあったのですが、とっさに「忘れるわけないじゃないですか」と返答しました。すると、お客様は「実は今日、前に一緒に来た妻の命日で」と、一枚の写真を見せてくださいました。
この時、1泊7,700円という料金をはるかに超える重みと責任を痛感しました。
単なるキャンプ場・宿泊施設ではなく、大切なパートナーとの楽しかった思い出の場所として当施設を選んで再訪してくださったことを、深く認識させられた出来事でした。
全国から多くのお客様がさまざまな期待や思いを胸に来てくださる場所なんです。北海道はまだいませんが、青森や沖縄から何時間もかけて、たった1泊2日のために来てくれるわけです。その期待を裏切ってはいけないと強く思います。
富士山の景観やトイレの数は変えられません。では何を変えられるのかというと、お客様の期待を超えるサービスでお迎えすることです。
「丁寧だからいいでしょ」ではなく、「感動レベルの丁寧さ」が必要
ということです、感動レベルの丁寧さでなければリピーターにはなりません。レストランで美味しい料理を食べて初めてリピートするように、ホテルや買い物も同じです。そういうキャンプ場でありたいと強く思います。
——辞めていったスタッフからの学びはありますか?
コミュニケーション不足は大きな課題だと認識しています。フィールドが広いので、誰がどこで何をしているのか把握しきれず、コミュニケーションミスが生じたり、そのために辞めていった方には私の力不足を感じています。
スタッフとのコミュニケーションで悩んでいた時、上司のY部長に相談する機会がありました。Y部長はその状況を深く理解し、親身になって話を聞いてくれたうえ、同席してサポートしてくれました。「コミュニケーションは受け手が100%ということを前提にお互いが思いやりを持たないと一方的になってしまう」というフェアな視点での言葉に、そして後日届いたフォローのメッセージに、「離れていてもちゃんと見てくれている」と深く救われました。
まだ社歴も浅いのですが、トヨタユナイテッド静岡という会社が「人」を大切にする組織であることを改めて感じました。結果だけでなく、プロセスでの苦労にも寄り添い、社員の成長を尊重する文化があるからこそ、前例のないプロジェクトに安心して挑戦し続けられるのだと確信しています。

第4章:終わらない挑戦 ——— 変化と向き合い、未来を描く
オープン景気を経て、天候不順という新たな経営課題に直面する現在。そして「そらいろと言えばコレ、という絶対的な武器がない」という次なる成長への渇望。現状に甘んじることなく、常に先を見据える白鳥氏が描く未来とは。場内火災という厳しい経験を糧にしたリスク管理の強化から、「ワンちゃん特化」という具体的な次の一手まで。大企業のリソースを活かしながら、個人の情熱で未来を切り拓こうとする、企業型アウトドア事業のリアルな「今」と「これから」を伝える。
——現在の事業状況はいかがですか?
初年度はオープン景気で非常に好調でしたが、ここ数年は天候不順に悩まされています。特に夏が暑すぎて、かつての繁忙期だった7月、8月が閑散期になり、逆に9月から11月が新たな繁忙期になるなど、季節の変動が激しく事業の舵取りが難しくなっています。
2025年度はまだまだ頑張らなければいけません。熱中症対策義務化が拍車をかけ、暑さ自体に対する対策は難しいという現実があります。週末の雨の多さも事業に大きな影響を与えていて、5月は全週末が雨でした。
冬に温泉があれば、夏に水辺のアクティビティがあればもっと集客できると思います。厳冬期や猛暑期は母数が減って負けてしまうという経験から、閑散期や繁忙日以外でも来たいと思っていただける何かが必要という結論に至っています。雨で予約がキャンセルになることよりも、そもそもお客様が入らない状況はビジネスとして難しいところです。
リピーターも多く、特に2回から9回来てくださる方が多いです。中には40回以上来てくださる方もいらっしゃいます。ただ、驚くことに、今でもお客様の半数以上は初めて来た方で、まだまだ認知を広げていけるポテンシャルを感じています。毎日の顧客台帳から見ると、6割程度が新規のお客様、約4割がリピーターのお客様というのが大まかな平均でしょうか。
いらしていただける方の母数が多いため、まだまだお客様の顔と名前が一致しないことがあることが本当に申し訳ないです。
——2025年2月に発生した場内火災を受けて、対策を強化されたと伺いました。
はい。まず、これまでスタッフ用にバックヤードに設置していた消火器を、お客様にも見える場所(各トイレの男女入口)に10本増設しました。
次に、芝生への散水用だった散水栓を、初期消火に使えるように3箇所増設しました。これで場内のほぼ全域をホースでカバーできる計算です。さらに、各炊事場に初期消火用のバケツを設置しました。
これらはすべて、現場からの提案で、会社に稟議を通して実施したものです。
——今後の展望について教えてください。
今、課題だと感じているのは、「そらいろと言えばコレ」という絶対的な武器がないことです。去年の夏頃からこの危機感を抱いていて、もともと想定していた事業計画では夏がピークだったのですが、今は夏が2月に次ぐ閑散期になっています。
例えば「ふもとっぱら」さんの景観、「浩庵キャンプ場」さんの水辺アクティビティ、「キャンプアンドキャビンズ」さんの子供特化アクティビティのように、うちだけの強みが欲しい。
個人的には、今あるドッグランを活かして「ワンちゃん特化」の方向に舵を切るのも面白いかなと考えています。以前、お客様がホームセンターで購入した柵をご自身で加工し、サイトの周りにプライベートなドッグランを作っているのを見かけたんです。そのイメージで、大きな区画をフェンスで囲ったプライベートドッグランサイトのようなものですね。
実はあまり知られていないのですが我々のキャンプ場は獣対策で敷地全体を全てフェンスで覆っていますので、逃げてしまうなどのこともなく、ペット連れ向きの施設ではあります。もちろん、リードはしていただく必要はありますけどね(笑)

——10年後のそらいろのビジョンについて教えてください。
現在の敷地と同じくらいのサイズがある未開発エリアを含め、キャンプ場と親和性の高い環境を作りたいです。テント泊ではないお客様も来る場所、飲食店併設、日帰り温泉もあって、富士山を見ながら食事ができるようなイメージでしょうか。
そして、
自分がここにはいない姿を思い浮かべたい。
ですね。会社として運営している事業ではあるので、人が変わっても継続していく形は大切だと思います。そして、思いを、大切にしているものが引き継がれていてほしいと思うと同時に、今は後進の育成と事業の継承がちゃんとできたらなと考えています。
——最後に、企業がアウトドア事業に参入する意義について、どのようにお考えですか?
車を使った体験価値を提供していくという意味で、キャンプ場は非常に有効だと思います。ただ、それ以上に、このプロジェクトを通じて、私自身が本当に成長できたと感じています。
最初は 一人で始めた挑戦でしたが、多くの人に支えられ、仲間ができ、今もみんなでこの事業を進めることができています。
会社という組織の中でも、個人が情熱を持って取り組めば、大きなことを成し遂げられる。そして何より、「人こそが最大の資産」という信念をぶらさずに持ち続けることで、お客様に本当の価値を提供できるのだと確信しています。

おわりに
「どこの馬の骨ともわからないやつが、会社の金でキャンプ場をやりたいと言っている」—この言葉から始まった白鳥真次氏の挑戦は、企業型キャンプ場運営設計学の典型例として、多くの示唆に富んでいる。
設備は真似できても、「人」は真似できない。この普遍的な真理を、朝霧高原で実践し続ける白鳥氏とそのチームの挑戦は、これからも多くの企業や個人にとって、貴重な道標となるだろう。
次回は、OUTSIDE WORKS編集部の視点から“キャンプ経営の実学シリーズ特別編”として、そらいろの施設に散りばめられた「神ディテール」の数々を詳しく分析し、どのキャンプ場でも応用可能な実践的なアイデアをお届けする。
【総括】明日から活かせる「企業型キャンプ場経営」の3つの鉄則
今回のインタビューから見えてきたのは、「人こそが最大の資産」という哲学が、いかにして持続可能な成功モデルを生み出すかという企業経営の真実だ。
※本シリーズ「キャンプ場経営の実学」では、異なる2つのアプローチを紹介している。第1弾の『negura campground』では、「ビジネスに興味がない」という個人的な価値観から月30万円未満のコストで高リピート率を実現している事例を紹介した。朝霧Camp Base そらいろはこれと対照的に、企業組織としての「人の質」を組織的に実装し、大規模施設で多様なニーズに対応している。施設や投資規模は異なるものの、どちらも「人」を軸にした経営の有効性を示す事例であり、キャンプ場経営の多様な可能性を示唆している。
明日から自身のビジネスに活かせる3つの鉄則をまとめた。
1. 「人の質」を最優先の投資対象にせよ
白鳥氏が繰り返し伝え続ける「人の質」は、設備では真似できない唯一無二の競争優位性だ。Googleの口コミで名指しで感謝されるスタッフの存在が、リピート率の高さと口コミ集客を支えている。短期的なコスト削減よりも、長期的な人材育成への投資こそが、持続可能な成功の基盤となる。
2. 「お母さん目線」でターゲットを明確化せよ
白鳥氏の「お母さんが選んでくれるキャンプ場」という明確なターゲット設定は、設備投資の優先順位を決定し、差別化を実現している。ウォシュレットや給湯器など、女性目線の細やかな配慮が、ファミリー層の高い満足度とリピート率を生み出している。ターゲットを絞り込むことで、限られたリソースを効果的に活用できる。
3. 「権限移譲」と「仕組み化」で組織を強くせよ
白鳥氏が休みでも現場が回る体制は、スタッフへの適切な権限移譲と、予約管理や顧客対応の仕組み化によって実現している。個人の能力に依存せず、組織全体の力を最大化する仕組み作りが、持続可能な成長の鍵となる。
【施設情報】朝霧Camp Base そらいろ 利用ガイド
- 施設名: 朝霧Camp Base そらいろ
- 所在地: 静岡県富士宮市麓624-7(朝霧高原エリア、標高約800m)
- アクセス: 新東名高速道路「新富士IC」から車で約35分、中央道「河口湖IC」から約40分
- 電話番号: 0544-21-3955
- 営業時間・定休日: 通年営業、受付時間9:15~17:00
- 料金体系:
- フリーサイト基本料金:4,950円~(大人1名・車1台・テント+タープ各1張含む)
- 追加料金:大人+2,750円、高校生+1,100円、小中学生以下無料
- 電源付き区画サイト:6,050円~(屋外コンセント100V・1500Wまで)
- グループ専用区画:15,400円~(大人4名・車2台まで含む)
- 支払い方法: 現金・主要キャッシュレス決済対応
- 利用可能人数: 4エリア合計最大232張設営可能
- 設備概要:
- 全面芝生敷地、4つのコンセプト別エリア(まったり・ゆったり・どっぷり・しっぽり)
- 全トイレ水洗+暖房温水洗浄ウォシュレット、24時間利用可能無料シャワー個室
- 炊事場給湯器完備、ウッドチップ敷きドッグラン併設
- 売店(薪・炭・ガス缶・酒類・アウトドアグッズ)
- 運営会社: トヨタユナイテッド静岡株式会社
- オープン日: 2023年7月14日(グランドオープン)
- 関連リンク: 公式Webサイト(sorairo-camp.jp)、公式Instagram
【Q&A】企業型キャンプ場経営、3つの要点
本記事の内容を踏まえ、企業型キャンプ場経営を目指す読者から寄せられそうな質問に、OUTSIDE WORKS編集部が回答します。
Q1. 企業がアウトドア事業に参入する際に、最も重要なことは何ですか?
A1. 白鳥氏の事例が示すように、まずは「なぜこの事業をやるのか」という明確な目的と、それを体現できる人材の確保が最も重要です。また、本文中で「前職の経験が活きている」と語られている通り、異業種で培ったスキル(接客、人材育成、プロジェクト管理、ロジカルシンキングなど)が、新規事業において強力な武器になります。自社の強みを活かせる分野を見極め、その経験やスキルをどう新規事業に活かせるかを分析することをお勧めします。
Q2. キャンプ場運営で「人の質」を向上させる具体的な教育システムはどう構築すれば良いですか?
A2. 白鳥氏の事例では、ユナイテッドアローズ時代に培った接客哲学を繰り返し伝え続けています。具体的には、「お客様」という言葉遣いの徹底、「これってお客様視点なの?」という口癖の定着など、基本的な接客マナーを根付かせています。また、スタッフがお客様とのやり取りを記録に残すことで、顧客管理の品質向上にもつながっています。人の育成は、セミナーや講座などの研修で一朝一夕に得られるものではなく、重要なのはOJTを通じて日常的に繰り返し伝えることだと理解することです。
Q3. 企業型キャンプ場で差別化を図る際、設備投資の優先順位はどう決めれば良いですか?
A3. 白鳥氏の「お母さんが選んでくれるキャンプ場」という明確なターゲット設定が成功の鍵です。ターゲット層の具体的なニーズを分析し、その中でも最も影響力のある要素(女性目線の設備)に投資を集中させました。ウォシュレットや給湯器、24時間無料シャワーなど、女性が重視する設備を優先し、限られたリソースで最大の効果を生み出しています。自社の強みとターゲットのニーズの交差点を見つけることが、効果的な設備投資の優先順位決定につながります。
Q4. 企業が運営するキャンプ場と、個人オーナーが運営するキャンプ場は、どのような違いがあるのでしょうか?
A4. 本シリーズでは、これまでで2つのアプローチを紹介しました。第1弾『negura campground』は小規模で「ビジネスに興味がない」という価値観から月30万円未満のコストで実現。朝霧Camp Base そらいろは企業運営で大規模施設を「人の質」で運営しています。どちらが「正解」ではなく、規模・資源・ターゲット層に応じて適切なモデルを選択することが重要です。詳しくは[なぜ「ビジネスに興味ない」のにキャンパーが殺到?元SEのオーナーが体現する『negura campground』の逆説的経営術]をご参照ください。
【編集後記】「企業内起業家」が示す新時代の経営モデル
白鳥氏の挑戦は、まさに企業内起業家の典型例だ。大企業のリソースを活用しながら、一個人の情熱と信念で新規事業を成功に導いた事例として、多くの示唆に富んでいる。
取材中、最も印象的だったのは、白鳥氏がお客様を覚えられないことにもどかしさと悔しさを感じていたところだった。普通、200サイトを超える規模のキャンプ場でリピーターを全員覚えるのは至難の業で、受付の時くらいしか接点がない。それでも「本当は、顔写真が顧客台帳の横にパッと出ると良いのですが」と語り、なるべく覚えようとされている姿勢は素晴らしい。私だったら最初から諦めてしまうだろう。こうした細やかな配慮こそが、白鳥氏のマネージャーとしての真価を表しているのかもしれない。
異業種からの参入、大規模な投資、そして「人」を軸とした経営哲学——白鳥氏の手法は、企業の新規事業開発における理想形であり、個人の情熱と組織のリソースを融合させた新時代の経営モデルでもある。
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株式会社Okibi代表。
アウトドア業界のDX推進や事業支援を手がけ、キャンプ場運営やWebメディア 「OUTSIDE WORKS」 を運営。さらに、キャンプ場のデジタルツイン化を実現する 「キャンビュー」 を開発し、アウトドア体験の革新に取り組む。
業界の発展と新しい価値創出を目指し、挑戦を続けている。