都会の喧騒の中で日々ストレスにさらされる私たち。でも、ひとたび森の中に足を踏み入れると、空気が濃く感じたり、心がふっと軽くなる経験はありませんか?実はこうした「森林浴」のリラックス効果は、感覚的な気持ちよさだけでなく、生理学的にも証明されつつあります (WEB MAG #21 森林と健康の関係)。最近の研究では、森林で過ごすことがストレスホルモンや神経伝達物質に明確な変化をもたらし、心身に良い影響を与えることがわかりました (Randomized controlled trial on the efficacy of forest walking compared to urban walking in enhancing mucosal immunity | Scientific Reports) 。
森林浴の効果を科学的に検証する試み
「森林浴(shinrin-yoku)」は1982年に当時の林野庁長官だった秋山智英氏が提唱し、近年では森林セラピー®として世界的にも注目されています (森林がもたらすセラピー効果 -健康とウェルビーイングの鍵-)。森林環境が不安や抑うつの軽減に役立つ可能性は以前から指摘されていましたが、厳密な科学的検証は限られていました。そこで国立病院機構東京医療センターの落合博子氏(再生医療研究室 室長)ら研究チームは、東京医科大学の井上茂教授らと共同でランダム化比較試験(RCT)を実施し、森林浴の効果を客観的に測定しました。40~70歳の健康な日本人男性84名を森林散策群と都市散策群に無作為に分け(最終分析対象78名)、東京・檜原村の森林と都心・銀座の街中で、それぞれガイド付きで50分の散策を行ってもらいました。散策の前後でストレス関連の指標を測定し、森林環境が与える影響を調べたのです(90分の森歩きで“風になりにくいカラダ”に!?)。
森の中で起きた変化:ストレスホルモン低下と「幸せホルモン」の上昇
このRCTの結果、森林で過ごしたグループには次のような生理指標の変化が確認されました (Efficacy of Nature Walking Compared to Urban Walking — Perth Naturopath and Functional Medicine Help For Fatigue):
- コルチゾール(ストレスホルモン): 森林散策群で約14%減少(都市散策群は約3%減少)
- ノルアドレナリン(交感神経ホルモン): 森林散策群で約11%減少(都市散策群は約1%減少)
- ドーパミン(快感系神経伝達物質): 森林散策群で約9%増加(都市散策群はほぼ変化なし)
ストレス時に分泌されるコルチゾールやノルアドレナリンが大きく減少したことは、森林浴によって身体が「戦うモード」から「休息モード」へ切り替わり、リラックス状態になったことを示しています( Effects of forest environment (Shinrin-yoku/Forest bathing) on health promotion and disease prevention —the Establishment of “Forest Medicine”— – PMC )。一方、ドーパミンは脳の報酬系に関わる物質で、森林環境で増加が見られました (Randomized controlled trial on the efficacy of forest walking compared to urban walking in enhancing mucosal immunity | Scientific Reports)。ドーパミンの適度な増加はやる気や集中力の向上、気分の改善につながると考えられます。実際、本研究でも森林散策群は心理テスト(POMS2)で「活力」が有意に上昇し、ネガティブな気分が有意に減少するという自己報告が得られています。これらのホルモン・神経伝達物質の変化は総じてストレスの軽減、集中力アップ、気分の高揚につながり、ひいては抑うつ予防にも寄与しうるとされています。
この研究はRCTという厳格な手法で行われており、エビデンスレベルの高い信頼できる結果です。研究論文は2025年に科学誌Scientific Reportsに掲載されており、著者には落合博子氏や井上茂氏をはじめ東京医療センター・東京医科大の専門家が名を連ねています。

自然と触れ合うことの価値
森林浴の恩恵は今回のホルモン変化だけではありません。本研究では免疫指標(唾液中のIgA)の増加も報告されており、ストレス緩和が私たちの免疫力にも良い影響を及ぼす可能性が示唆されました。研究チームは「今後、森林浴を習慣化することで疾病予防や健康維持にどの程度寄与できるか検証したい」と述べており、日常生活や都市設計に森の要素を取り入れることで誰もが自然の効果を享受できるようになることを期待しています。
最新の科学的知見は、「自然と触れ合うこと」がもたらす価値を改めて教えてくれます。「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスも「人は自然から遠ざかるほど病気になる」と名言を残したとされています。忙しいときこそ意識的に森や緑の中で過ごす時間を作ってみませんか。森林浴は特別な道具もいらない手軽なリラクゼーションであり、安全に実践できる自然からの処方箋です。木漏れ日の下で深呼吸すれば、心も体も癒やされ、日々のストレスが和らぐとともに、私たち本来の持つ活力を取り戻せるかもしれません。科学が証明しつつある森の力をぜひ日常に取り入れ、自然とともに健やかな生活を送りましょう。

NPO法人 Nature Service 共同代表理事
自然大好きで気の合う仲間達とNature Serviceを立ち上げました。北極から南極、アメリカ横断、アフリカ、北欧、オセアニア、南米などいろいろな自然を求めて旅しています。自然好きですが虫キライです。