近年、世界各地で注目を集めている「オーバーランディング(Overlanding)」をご存じでしょうか。コロナ禍を機に急速に広まったこの新しい旅のスタイルは、従来の観光旅行とは一線を画す冒険的な体験を提供し、特にアメリカではファミリー層を中心とした一般家庭にも広く浸透しています。
本記事では、オーバーランディングの歴史的背景から最新の装備トレンドまで、世界の動向を詳しく解説し、森林大国である日本にとってどのような可能性があるのかを探ります。
オーバーランディングとは何か?その定義と魅力
基本的な定義
オーバーランディング(Overlanding)とは、「旅そのものを目的とした自己完結型の陸路旅」を指します。最大の特徴は、目的地よりも道中の経験に重きが置かれることです。四輪駆動車やバイク、自転車などオフロード走行可能な車両で数日から長期間にわたり移動するのが一般的で、宿泊は基本的にテントなどを用いたキャンプとなります。
数カ月から数年にわたる長旅になることもあり、自然環境を自力で踏破し、必要物資を積載して自給自足で旅を続ける探検的要素が大きな魅力となっています。
従来の旅行との違い
従来の観光旅行が「目的地での体験」を重視するのに対し、オーバーランディングは「移動そのものが目的」という点で根本的に異なります。ホテルでの宿泊ではなく野営を基本とし、レストランでの食事ではなく自炊を楽しむ。まさに「旅路を味わい尽くす」スタイルと言えるでしょう。
世界各地で花開くオーバーランディング文化

オーストラリア:発祥の地から現代まで
歴史的にはオーストラリアが発祥とされ、19世紀に家畜を市場へ長距離移動させる「家畜追い」がオーバーランディングの起源だと言われています。20世紀中頃、オーストラリアではアウトバック(内陸部)に道路を建設したレン・ビーデル(Len Beadell)らの功績で未踏の地への経路が拓かれ、彼が切り開いたガンバレル・ハイウェイなどの荒野の道は今でもオーバーランダー(オーバーランディングをする人)たちに走られています。
現在でもオーストラリアは世界屈指のオーバーランディング大国で、著名なキャニング・ストック・ルート(全長約1,800kmの砂漠縦断路)は元々牛の移送路でしたが、現在では荒野好きが挑戦する究極のオーバーランドルートとして知られています。
アフリカ:野生動物との出会いを求めて
アフリカでも1920年代にジョン・ウェストンが家族と改造トラックでアフリカ縦断旅行を成し遂げるなど、各地で個人による長距離大陸横断旅行が行われ始めました。現在では自分たちで四駆を運転してサファリや原野を巡るスタイルが一般的となっています。
現地には改造した頑丈なトラックで各国の名所を巡るツアーも存在し、冒険と文化交流、野生動物との出会いを同時に味わえる、人生を変える旅として人気を博しています。特装トラックでタンザニアのセレンゲティの平原からナミビアの砂丘まで駆け抜け、夜は満天の星の下でキャンプしながら各地の部族や集落と触れ合う―そんな”アフリカ流オーバーランディング”が展開されています。
ヨーロッパ:歴史的ルートの再発見
第二次大戦後はイギリス製ランドローバーなど四輪駆動車の普及も追い風となり、欧州からアフリカ・アジアへの横断旅行が盛んになりました。1950年代にはロンドンからシンガポール陸路遠征(オックスフォード&ケンブリッジ遠征隊)など伝説的な旅も登場し、現代のオーバーランディングの原型が形作られました。
アメリカ:コロナ禍で爆発的成長
アメリカでは近年オーバーランディングがアウトドア愛好家の間で急速にブームとなりました。特に2020年のコロナ禍ではオフィスや学校の閉鎖を機に中流階級のファミリー層がこぞって自然の中へ繰り出し、ストレス解消も兼ねてオーバーランディングに挑戦する例が急増しました。
この需要拡大に応える形で、オフロードRV(レクリエーショナルビークル)やトレーラー、キャンピングバンといった関連製品・産業も爆発的に成長しています。アメリカ発のイベント「Overland Expo」が各地で開催され専門雑誌が創刊されるなど、ここ5年ほどで「オーバーランディング」はアウトドア業界の流行語となるまで一般に浸透しました。
関連記事:世界に広がるオーバーランディングビジネスと経済へのインパクト
世界の車両スタイル

定番車両とその特徴
多様な車種がオーバーランディングに利用されていますが、中核となるのは悪路走破性に優れた四輪駆動車です。ランドクルーザーやジープといった耐久性の高いSUV/ピックアップトラックは各国で定番車両となっており、これら信頼性の高い車種の存在がオーバーランディングを一般層にも身近なものにしました。
車両にはリフトアップ(車高上げ)やオールテレインタイヤ(全地形対応タイヤ)装着などサスペンション強化が施され、専用バンパーやスキッドプレート(車体底面の保護板)で車体を防護しつつ、ウインチ(巻き上げ機)やサンドラダー(脱出用踏み板)等のスタック脱出用ギアも備えるのが一般的です。
長旅に耐える堅牢性と積載力が求められるため、改造パーツで足回りや荷室を強化し、「走る基地」としての信頼性を高めた車両がオーバーランドリグ(遠征仕様車)と呼ばれています。
最新トレンド
近年のトレンドとしてまず挙げられるのが、ルーフテント付き四駆とキャンピングバンの人気です。
ルーフテント
四駆のルーフ上に折り畳み式テントを載せれば、どこでも車中泊できるため、従来の地上テントより安全・快適だとして愛好者が増えました。特に昨今は開閉が容易で空気抵抗の少ないハードシェル(プラスチックや金属製)ルーフテントが主流となっており、走行時の風切り音や燃費への影響を抑えつつ、展開・収納の手間を大幅に軽減しています。
従来主流だったソフトシェルタイプのルーフテントとともに、多様な宿泊形態が登場しており、自分のスタイルと予算に合わせて選べる時代になりました。
バンライフ文化の定着
一方、バンライフ(Vanlife)ブームもオーバーランディングの一形態として定着しました。メルセデスベンツのスプリンターに代表される大型バンをキャンピングカーに改造する動きは一過性の流行にとどまらず、「#vanlife」は今やカルチャーとして根付いています。
バンは日常の通勤や送迎にも使いながら、週末にはそのまま車中泊旅に出られる二面性(平日は日常使い、週末は宿泊空間)が魅力です。室内空間が広く快適性に優れる反面、車両価格やビルド費用が高額になりがちで、特にフル装備の完成済みキャンピングバンは非常に高価です。
近年はビルダー各社があらかじめ内装レイアウトや装備をパッケージ化した完成車両を販売し始めており、スプリンター以外にもフォードやRAMのバンをベースに個性的なキャンパーバンが次々登場しています。
多様化する宿泊スタイル

オフロードトレーラーの台頭
オフロードトレーラー(キャンピングトレーラー)を用いたスタイルも家族連れを中心に人気です。けん引型の小型キャンピングトレーラーを4WD車で引っ張れば、走行中はオフロードを走りつつ、設営地では快適な寝室やキッチンとして使えます。
アメリカでは従来のRVメーカーがオフロード対応の小型トレーラーやキャンピングカーを相次いで市場投入しており、大量生産による価格低減や部品入手性の高さでユーザー層を広げています。
究極のラグジュアリー車
一方で、数千万円規模のラグジュアリーなオーバーランディング向けトラックも話題を集めています。大型のピックアップトラックの荷台を外して専用の居住モジュールを架装したもので、地上高の高い6輪駆動の作業用トラック(例えばウニモグや軍用トラック)をキャンピングカーに改造した例もあります。
こうした豪華な車両は一般人には手の届かない”夢のクルマ”ですが、過酷な未舗装路でも長期の自給自足生活を可能にする究極のオーバーランドビークルとしてマニアの注目を集めています。
テクノロジーの進化がもたらす新時代

通信技術の革新
装備面のトレンドも次々と生まれています。例えば近年は、山奥でも仕事や情報収集ができるよう、衛星インターネット「Starlink」アンテナを積む車両も増えてきました。Starlinkは比較的手頃な価格で高速通信を提供するため人気が高く、木々のない空が開けた場所にさえ車を停めれば辺境でもインターネット会議に参加できるとして、フリーランスのデジタルノマド系オーバーランダーにも受け入れられています。
関連記事:Starlink を連れ出して、山間部でノマドワークしてみた
電力・照明系統の進化
また照明はLEDランプへ全面移行しつつあり、ソーラーパネルやポータブル電源の進化で発電機に頼らない静かなキャンプも可能になりました。車載冷蔵庫やナビ通信機器などのガジェット類も充実し、オーバーランダーたちは自らのニーズに合った装備を取捨選択して積み込んでいます。
電動化への展望
技術面では、オフロード対応の電気自動車(EV)やハイブリッド車をオーバーランディングに活用する動きも始まりました。例えばアメリカの新興EVメーカーRivianのR1T(電動ピックアップトラック)は高い悪路走破性と航続距離を兼ね備え、「電動オーバーランダー」の可能性を示しています。
充電インフラの課題は残るものの、将来的に太陽光パネルと組み合わせて完全オフグリッドで走行・宿営できる低公害な旅スタイルが期待されています。
家族で楽しむオーバーランディング

コロナ禍がもたらした変化
オーバーランディングは若者の過激な冒険だけでなく、働き盛りの30〜40代や子育て世代にとっても魅力的なファミリー旅行となりつつあります。実際、コロナ禍以降は子ども連れの家族が週末や休暇を利用してオフロードキャンプ旅に出るケースが増えました。密を避けて過ごせるアウトドアレジャーとして、安全で教育的価値も高いと見直されたためです。
教育的価値と家族の絆
子どもにとっては電子機器から離れて大自然の中で過ごす体験そのものが新鮮で、星座観察や野生動物との遭遇など教室では得られない学びをもたらします。親にとっても家族だけの空間でじっくり交流でき、日常とは違う一面を子どもに発見する機会にもなっています。
関連記事:子どもをキャンプに連れ出そう!学習能力や自信を育てる絶好の場に!
家族旅行成功のコツ
家族旅行として成功させるコツは、無理のない計画と快適性の確保です。小さな子どもがいる場合、無謀なオフロード走行は避け、比較的整備された林道や景色の良い未舗装路を選んでドライブするだけでも十分楽しめます。
実際、アメリカでは8人用の大型テントや車内に就寝設備を構築した大型SUVで家族5人が旅をする例などもあり、各家庭が工夫してファミリー向けオーバーランディングを実践しています。
森林大国、日本への示唆

日本の地理的優位性
こうしたギア・テクノロジーの進歩により、オーバーランディングはまさに「車を拠点とした冒険旅行」へと進化しました。初心者から熟練のサバイバリストまで幅広い層がそれぞれのスタイルで楽しんでおり、「正解は一つではない」と言われるゆえんです。
今や世界各国で愛好者コミュニティが形成され、「旅そのものを楽しみ、未知の道を自力で切り拓く」という精神が広く共有されています。
日本独自の課題と機会
海外のオーバーランディングが1週間から1カ月、時には1年という長期間の旅行を前提とする一方、日本では休暇取得の制約や都市部での大型車両保有の困難さなど、独自の課題があります。
しかし、日本は国土の約7割が森林という世界でも稀な森林大国であり、戦後の林業全盛期に整備された林道や農道、作業道が全国に張り巡らされています。これらのなかには現在使われていない道もあり、新たな活用方法が求められています。
また、近年「OVERLAND JAPAN CAMP AND EXPO」などの、日本版オーバーランディングイベントが開催され、オーバーランド仕様の車両が一堂に会する機会が提供されています。一方で、せっかく準備した車両が本来の性能を発揮できる場所が限られているのも現実です。未活用の林道ネットワークを整備・開放することで、オーバーランディング愛好者が待ち望む「走れる場所」を提供できる可能性があります。
テクノロジーの進歩により、より多くの人がオーバーランディングにアクセスしやすくなり、特にファミリー層にも広がりを見せています。日本の地理的優位性と既存インフラを生かせば、短期間でも充実した体験を提供する独自のオーバーランディングスタイルを生み出すことができるでしょう。
次回は、日本の豊富な地域資源(郷土料理、里山文化など)を活用した「ふるさと巡り」型オーバーランディングの可能性を探り、具体的な展開方法を考察していきます。

《参考URL》
What is African Overlanding?
South Africa Overland
First overland: The Oxford and Cambridge Far Eastern Expedition

Nature Serviceのウェブメディア NATURES. 副編集長。
自然が持つ癒やしの力を”なんとなく”ではなく”エビデンスベース”で発信し、読者の方に「そんな良い効果があるのなら自然の中へ入ろう!」と思ってもらえる情報をお届けしたいと考えています。休日はスコップ片手に花を愛でるのが趣味ですが、最近は庭に出ても視界いっぱいに雑草が広がり、こんなはずじゃなかったとつぶやくのが毎年恒例となっています。