欧米諸国を中心に認知度が拡大し人気を博している「オーバーランディング」。SUVやピックアップトラック、車高を上げた4WDのキャンピングバンなど、オーバーランディングに適した専用の車両や装備の需要が高まることで、アフターマーケット市場も活況を呈し、経済への波及効果も大いに期待されています。
同時に、オーバーランダーと呼ばれるオーバーランディングを楽しむ人々の増加に伴い、地域経済に対する影響も注目されています。本記事では、海外のオーバーランディングビジネスとその経済効果について探ります。
地域経済への影響
オーバーランディング仕様の車は自給自足の要件が備わっていることから、一見「好きな場所で、好きな時に宿泊ができるアクティビティ」として認知されがちです。しかし、オーバーランダー側からはそう見えても、地域経済ならびに自然環境の持続可能性を維持するためには、計画的なインフラ整備や規制の導入が不可欠です。
自然景観をフックに多くの観光客を集めるユタ州
米国のユタ州に位置するモアブは、複数の国立公園を抱える地域として知られ、荒涼とした砂漠の風景や壮大なキャニオンの景色が訪れる人々を魅了しています。なかでも、キャニオンランズ国立公園を通り抜けるホワイト・リム・トレイルは、バックカントリートレイルとして高い人気を誇っています。さらに、4WDでしかアクセスできない場所もあり、オーバーランディングの名所として多くの観光客を引き付けています。
かつて、ホワイト・リム・トレイルの野営に対する規制は比較的緩やかでした。しかし、人気の高さから規制が強化され、現在ではルート沿いでキャンプをするには有料の許可証の取得が必須となっています。
また、ユタ州のモアブ周辺にはザイオン国立公園をはじめとする他の名所も数多く存在し、この地域もオーバーランダーがこぞって訪れるエリアとなっています。アウトドア愛好家からの人気の高さから、ザイオン国立公園のキャンプ場は、3月から11月まで継続的に満員状態です。この高い利用率は、地域経済に対する大きな経済効果を生み出し、地元の経済を活性化させていると考えられます。
モアブがアウトドアの人気スポットになるまで
モアブがこれほどまでに有名な観光スポットになったのには、いくつか要因があります。まず、この地域のユニークで美しい景観が、観光産業を確立する上で重要な役割を果たしています。しかし、景観以外にも、既存の道路や経済的要因がモアブを発展させてきました。
モアブは非常に険しい道があることで知られ、これらの多くはウラン採掘ブームの頃に探鉱者たちが鉱石を採掘するために建設したものでした。しかし、ブームの終焉(しゅうえん)とともに主要産業がなくなり、モアブの人口は激減することになります。地域経済の発展を急務とするなかでモアブの商工会議所は、鉱山採掘のために残された道路を観光向けに転用することを推進し、1967年にジープ・サファリなどの取り組みを開始しました。それが今のモアブの経済と、地域の観光文化の主要な部分につながっています。
実際、旅の体験談や価格比較ができる世界最大級の口コミサイト・トリップアドバイザーにおいては、ユタ州の4WD車を用いたツアーが多数掲載されており、口コミの多さからも人気の高さが見てとれます。
イベントによる経済効果
北米最大のオーバーランディングイベントであるOverland EXPO®は、その参加者数の急増と人気の高さで知られています。「世界を駆けるオーバーランディング ー データから読み解く新たなアウトドアブームの可能性 ー」で詳述したように、このイベントは当初、年に1回の開催でしたが、現在では年4回に拡大しました。当初数百人だった参加者数も、今では一つのイベントで約3万人に達し、出展者数も400以上と右肩上がりの成長を見せています。
Overland EXPO®は、ニューヨーク証券取引所に上場しているエメラルドホールディングスによって運営されており、BtoC(企業対消費者間取引)およびBtoB(企業間取引)のマーケットを提供しています。このイベントは、オーバーランディングの愛好家や企業にとって、多くの新しいビジネスチャンスを生み出しています。
2024年に初出展を果たしたYoshino Technology, Inc.のヴィンス・ケイト氏は、「Overland EXPO® WESTにはじめて出展した私たちにとって、これほど嬉しい結果はありません。私たちのブランドにとって素晴らしい露出となっただけでなく、このイベントで受けた注文の量は私たちの期待以上でした。来年も必ず来ます!」と述べています。
さらに、イベント1年目から出展している企業もその成長ぶりを称賛しています。「Overland EXPO®は、米国でトップクラスのオーバーランド エクスペリエンスの場です。この15年間で数百人から3万人近くにまで成長するのを見るのは素晴らしい経験でした。」
Overland EXPO®はオーバーランディングにとって重要なビジネスプラットフォームとなっており、新たなビジネスチャンスを創出する場として大きな役割を果たしています。イベントの成長とともに、参加企業や個人がオーバーランディング市場の拡大に寄与し、経済的波及効果を生み続けています。
アフターマーケットへの影響
オーバーランディングビジネスの経済効果は、実はアフターマーケット(二次市場)にも大きな影響を与えています。Specialty Equipment Market Association(特殊部品市場協会、通称「SEMA」)のCEOマイク・スパニョーラ氏は、「オフロードおよびオーバーランディング愛好家が車両に投資するお金はアウトドアレクリエーション経済の重要な推進力となっている」と述べています。
その具体例として、SUVやトラック、全地形対応車(OHV)用のホイールやタイヤ、サスペンション、リフトキット、ウィンチ、照明などを改良するための部品を製造、取り付け、販売する専門的なアフターマーケットビジネスが盛んとなっているのです。
SEMAの市場調査ディレクター、ギャビン・ナップ氏は、「オフロード製品と付属品は特殊部品業界にとって活気のある分野であり、この分野に参入するチャンスを見いだす企業が増えていることから、ますます成長しているようだ」と述べており、オフロードやオーバーランディングに関連する市場は着実に拡大を続けているとみられます。
ルーフトップテント市場の急成長
アフターマーケットへの影響の一例として、ルーフトップの需要の高さが挙げられます。ルーフトップテントは車の屋根に取りつけるもので、オーバーランディングの人気を示す象徴的な装備のひとつです。特に米国西部では街中や高速道路でルーフトップを取り付けた車を頻繁に見かけることが増えているようです。
米国のルーフトップテント市場は2023年に1億6,788万米ドル(約239億円)の規模に達し、2024年から2030年にかけて年平均成長率(CAGR)8.0%で成長すると予測されています。
ルーフトップテントの重要性
少し話はそれますが、ルーフトップテントがオーバーランダーに愛される理由についてご説明します。決して「見た目が格好良いから」ではありません。ルーフトップテント市場がここまで成長するのには、理にかなった重要性やメリットがあるからです。
- 数十秒で寝る場所が完成する(特にテント泊と比較されることが多い)
- 車内に寝るスペースを確保する必要がない(他の荷物を積むことができる)
- 既に所有している車に後付けで取りつけることが可能
- 地面から離れた場所で寝ることができるため、安全で快適な睡眠環境を確保できる
上記に加え、特に複数の国をまたぐ欧州のオーバーランダーは、各国の法律にも配慮しルーフトップテントを選ぶ傾向があります。たとえば、西ヨーロッパ、特にドイツ、オランダ、オーストリアでは、指定されたエリア以外でテント泊をすることは違法とされています。しかし、車内で寝るぶんには、現在のところ問題がないようです。
ルーフトップテントの人気は、オーバーランディング市場全体の成長を反映していると考えられ、こういった装備品市場の拡大は、オーバーランディングが単なる一時的なトレンドではなく、持続的な成長を遂げていることを示唆しています。
アウトドア業界全体の成長
さらに、オーバーランディングの急速な拡大を裏付けるかのように、米国商務省経済分析局(BEA)は、米国のアウトドア・レクリエーションが1兆800億米ドルの経済産出額を創出し、国内総生産(GDP)の2.2%を占めたことを示す経済データ(2022年)を発表しています。
BEAのデータはオーバーランディング単独の経済効果を示しているわけではありませんが、アウトドア業界全体が上昇気流に乗っていることをうかがい知ることができます。
実際、最新の北米における旅行トレンドにもオーバーランディングの影響が色濃く見られます。2024年に公開されたNORTH AMERICAN CAMPING & OUTDOOR HOSPITALITY REPORTに、興味深いデータが含まれています。
2023年に新しい旅行体験をしなかった人は、2024年にキャンプやグランピングに時間を費やしたいという意欲が低かった(12%)のに対し、新しい体験をした人々はキャンプやグランピングに高い意欲を示しています。これらの新しい体験のなかでも、特にオーバーランディングを体験した人々は、アウトドアに対する意欲がもっとも高く(62%)、オーバーランディングの体験がアウトドア旅行の意欲を高める要因となっていることがわかっています。
まとめ
オーバーランディングは、単なるアウトドアトレンドを超えて、多様な経済効果を生み出す成長産業へと進化しています。地域経済の活性化、イベントによる新たな経済圏の形成、アフターマーケットの拡大など、オーバーランディングはアウトドア産業全体の成長を牽引する一因となっていると考えられます。
企業や地域社会はこの新たな機会を生かしつつ、責任ある成長を促進するための協力体制を構築していく必要があるでしょう。オーバーランディングビジネスは、経済効果の最大化と持続可能性のバランスを取りながら、さらなる発展が期待できそうです。
(参考)
White Rim Road
Overnight Backcountry Permits
The dawn of off-road travel in Moab
Tripadvisor
Overland Expo West 2024
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Industry Opportunity: 62% of Pickup Owners Buy Off-Road Parts
It’s Time Outdoor Brands Go Off the Road with Overlanding
U.S. Rooftop Tent Market Size & Trends
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Nature Serviceのウェブメディア NATURES. 副編集長。
自然が持つ癒やしの力を”なんとなく”ではなく”エビデンスベース”で発信し、読者の方に「そんな良い効果があるのなら自然の中へ入ろう!」と思ってもらえる情報をお届けしたいと考えています。休日はスコップ片手に花を愛でるのが趣味ですが、最近は庭に出ても視界いっぱいに雑草が広がり、こんなはずじゃなかったとつぶやくのが毎年恒例となっています。