人材不足、メンタルヘルス問題、生産性低下…etc──現代の日本企業が抱えるこれら複数の課題に、意外な解決策が注目を集めています。それが「森林の活用」です。
この度、Nature Serviceの網野葵と赤堀哲也の両名が、一般社団法人日本林業経営者協会が発行する季報「杣径」(そまみち)2025年6月号の特集「森林と健康」において、森林を企業の戦略的資源として活用するアプローチについて寄稿いたしました。
現代の日本企業が直面する深刻な経営課題に対して、私たちが注目しているのが「森林活用」というアプローチです。なぜ今、企業が森林に注目するのか──その核心部分を寄稿文の要点とともにご紹介します。
企業を取り巻く複合的課題
まず押さえておきたいのは、日本企業が置かれた厳しい現実です。
人材確保の困難さは深刻化する一方です。少子高齢化により、人口の3割が65歳以上1という超高齢社会となった日本では、どの企業も慢性的な人手不足に悩まされています。
さらに追い打ちをかけるのが若手人材の早期離職。新卒社員の約3割が3年以内に会社を去る2という現実は、多くの経営者にとって頭の痛い問題となっています。現代の若い世代は、給与だけでなく成長機会や企業理念への共感を重視するため、従来の雇用管理では対応しきれないのが実情です。
そしてメンタルヘルス問題も看過できない課題のひとつです。長時間労働や職場ストレスによる精神的不調が社会問題化3し、2015年からは一定規模以上の企業にストレスチェックが義務化されるまでになりました。

これら複数の課題が複雑に絡み合い、多くの企業が「限られた人材でいかに高い成果を上げるか」という難題に直面しています。
森林が秘める「意外な力」を科学が解明
こうした中、海外の研究機関で興味深い発見が相次いでいます。

中国の研究チームが行った実験4では、森林でウォーキングをした人々に驚くべき変化が現れました。ストレスホルモンの減少、炎症の抑制、そして何より注目すべきは、不安や疲労といったネガティブな感情の軽減と、活力の向上という心理面での改善効果です。
さらに、創造性へのポジティブな影響も報告されています。アメリカの研究5では、森林で4日間過ごした人たちの創造的思考力が平均50%も向上したという結果が報告されています。デジタル機器に囲まれた日常から離れ、自然の中で過ごすことで、脳がリセットされ創造力が蘇るというのです。
また、焚き火を見つめるだけでも血圧が下がりリラックス効果が得られるという実験結果6もあり、自然が人間の心身に与える影響の大きさが科学的に証明されつつあります。
世界で注目される「森林を戦略的に組み込む」動き
科学的研究成果を受け、世界各地の企業で森林を経営戦略に組み込む動きが活発化しています。
Apple、Amazon、Walmartなどは、オフィスキャンパスに緑地や遊歩道を設け、従業員がいつでも自然に触れられる環境を整備。アウトドア用品のREI社では、年2日間の「自然の中で過ごす有給休暇」を制度化7しています。これらは単なる装飾や福利厚生ではなく、従業員の創造性とパフォーマンス向上を狙った戦略的投資です。
一方、日本国内でも独自のアプローチで森林活用が進んでいます。TDKラムダ株式会社では森林研修プログラム導入により早期離職率が12%から1%へと劇的に改善8。サントリーホールディングスは新入社員に自社の森での植林体験を通じて企業理念の体得を図り、株式会社アワーズは焚き火セッションで従業員同士のコミュニケーション活性化を実現しています9。

世界各地のこれらの事例に共通するのは、森林での非日常体験が従業員の意識を変え、それが組織全体の活性化につながっているという点です。
「導入のハードル」は思ったより低い
「森林活用に興味はあるが、どこから始めればよいのか」──多くの企業担当者がこう感じるかもしれません。しかし、実際のハードルはそれほど高くありません。重要なのは、明確な目標設定です。
例えば「ストレスチェック結果の改善」「離職率の低下」「新規アイデアの創出件数増加」など、測定可能な指標を設定することで、効果を客観的に評価できます。
導入は小規模から始めるのが得策です。特定の部署や新人研修での試行から始め、効果が確認できれば段階的に拡大していく。このアプローチなら、リスクを抑えながら組織への定着を図れます。

自社で森林を保有していない場合でも、国の「法人の森林」制度や地域の森林組合、NPOとの連携により、適切なフィールドでの研修実施が可能です。
森林が開く企業経営の新章
デジタル化が進む現代だからこそ、「アナログな自然体験」の価値が再認識されています。森林がもたらすストレス緩和、創造性向上、チーム結束の強化といった効果は、現代企業が求める人材・組織の活性化に直結します。
森林活用は単なる福利厚生ではなく、人材確保、生産性向上、企業価値向上を同時に実現する戦略的投資として位置づけられるでしょう。科学的根拠に基づいたこのアプローチは、持続可能な企業経営の実現に向けた有力な選択肢となりそうです。
本記事では寄稿文の要点をお伝えしましたが、具体的な研究データ、海外企業の詳細な取り組み事例、段階別導入マニュアル、効果測定のためのKPI設定方法などについては、こちらから全文をご確認いただけます。企業での森林プログラム導入をご検討の方は、ぜひご覧ください。
参考)
- 内閣府. 令和6年版 高齢社会白書 ↩︎
- 厚生労働省. 新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)を公表します ↩︎
- 過労死等防止に 関する調査研究と 社会実装への道筋 | 月刊DIO連合総研レポート ↩︎
- Effects of Short-Term Forest Bathing on Human Health in a Broad-Leaved Evergreen Forest in Zhejiang Province, China. | ScienceDirect. ↩︎
- Atchley, R. A., & Strayer, D. L. Creativity in the Wild: Improving Creative Reasoning through Immersion in Natural Settings. | PLOS. ↩︎
- Hearth and Campfire Influences on Arterial Blood Pressure: Defraying the Costs of the Social Brain through Fireside Relaxation. | Sage Journals. ↩︎
- Engaging with nature and work: associations among the built and natural environment, experiences outside, and job engagement and creativity. | National Library of Medicine. ↩︎
- 早期離職対策等に寄与する社員研修等の実施 「TDKラムダ」(長野県信濃町) ↩︎
- 林野庁. 企業における森のプログラムの活用事例 ↩︎

Nature Serviceのウェブメディア NATURES. 副編集長。
自然が持つ癒やしの力を”なんとなく”ではなく”エビデンスベース”で発信し、読者の方に「そんな良い効果があるのなら自然の中へ入ろう!」と思ってもらえる情報をお届けしたいと考えています。休日はスコップ片手に花を愛でるのが趣味ですが、最近は庭に出ても視界いっぱいに雑草が広がり、こんなはずじゃなかったとつぶやくのが毎年恒例となっています。