南部アフリカのサバンナを、4×4の車両でゆっくりと走りながら、野生動物の姿を追い、夜は星空の下でキャンプをする。そんな旅のスタイルが、いま世界の旅行市場で急速に存在感を増しています。

「Overlanding(オーバーランディング)」と呼ばれるこの旅行形態は、車両を移動手段であり宿泊拠点でもある「動く家」として活用しながら、長距離を自走し、自然の中で自立的に過ごすというものです。もともとはアフリカやオーストラリアの広大な大地で育まれた旅の文化ですが、いまや北米・欧州にも広がり、グローバルな成長産業として注目を集めています。

この記事では、英国市場から南部アフリカへのサファリ・Overlanding需要を分析した市場レポート「Market Overview: Demand for Overlanding and Safari Experience」(出典:Scribd )の内容を中心に、世界のOverlanding市場で何が起きているのかを読み解きます。そのうえで、森と海に恵まれた日本にこそ、この「自走型の旅」を育てる大きなポテンシャルがあることをお伝えしたいと思います。


世界で加速するOverlandingブーム

まず、数字から見てみましょう。

グローバルな「オーバーランドトラベル」市場は、2024年に約594億ドル規模と推計されており、2033年には約1,127億ドルへと成長する見通しです。年平均成長率は約7.5%に達します(出典:Market Intelo, “Overland Travel Market” )。

より狭義の「Overlandingツアー市場」に絞っても、2024年時点で約132億ドル規模、2033年には約248億ドルへの拡大が見込まれ、年平均約7%の成長率が予測されています(出典:Growth Market Reports, “Overlanding Tour Market” )。

地域別に見ると、北米がオーバーランドトラベル全体の約38%を占める最大市場であり、欧州がこれに続きます。そして、もっとも高い成長率が期待されているのがアジア太平洋地域で、2025〜2033年にかけて年約9%の成長が見込まれています(出典:Market Intelo, 前掲)。

Overlandingは、もはやニッチな冒険家だけのものではありません。メインストリームに近づきつつあるアウトドア観光カテゴリーとして、世界中で投資と関心が集まっています。


サファリの国が教えてくれる「ストーリーのある旅」の価値

冒頭で触れたレポート「Market Overview: Demand for Overlanding and Safari Experience」は、英国の旅行者が南部アフリカ(南アフリカ、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエなど)へ向かうサファリ・Overlanding市場の需要と成長性を分析したものです(出典:Scribd, 前掲)。

このレポートが示す市場像は、非常に示唆に富んでいます。

同レポートでは、英国からのサファリ観光市場は2025年に約22億ドル、2035年には約41億ドル規模へ拡大すると推計しています。コロナ禍からの回復に加え、「一生に一度の特別な体験」にお金を投じる富裕層・アッパーミドル層の増加がこの成長を支えていると分析されています。

興味深いのは、求められている体験の中身が変わってきていることです。単にライオンやゾウを眺めるだけの動物観察ではなく、地元コミュニティとの交流、自然保全プロジェクトの見学、星空観察、ローカルフードとの出会いなど、「ストーリーと意味のある旅」へのシフトが明確に進んでいます。

同レポートでは、主なターゲット層を35〜65歳・世帯年収5万ポンド以上の中〜高所得層と分析しています。彼らが求めるのは、「マスツーリズムではない本物の自然体験」「動物福祉や環境への配慮が行き届いた宿泊施設」「安全かつ快適だが、程よくワイルドな冒険感」です。そして予約の意思決定において、「サステナビリティ」が大きな要因になっている点が特筆されます。


「サステナブル・ラグジュアリー」という価値観の変化

このレポートの中核テーマのひとつが、「サステナブル・ラグジュアリー」という概念です。

自然やコミュニティに配慮しながらも、快適さやサービス品質を犠牲にしない旅。ソーラーパネルの導入、水循環システム、プラスチック削減、ローカルスタッフの雇用・トレーニング、地域生産物の積極的活用を行うエコロッジやエコキャンプが、英国の旅行者から高い評価を得ていると同レポートは述べています。

こうした傾向はアフリカに限った話ではありません。近年の国際的な旅行トレンド調査でも、旅行者の多くが「環境や地域社会に配慮した選択をしたい」と考えていることが繰り返し指摘されており、サステナビリティは観光産業全体にとって避けて通れないテーマになりつつあります。

ここで起きている価値観の変化は本質的なものです。「ラグジュアリー=大量消費」ではなく、「ラグジュアリー=倫理的で、環境と人に配慮した上質な体験」へ。この流れは日本にも確実に波及しつつあります。

同レポートはまた、「オーバーランディング×サステナブル」というニッチ領域には、まだ十分に専業プレイヤーが確立されておらず、新規参入や差別化の余地がある、と分析しています。ナミビアの砂漠やボツワナの湿地帯など、従来は訪れにくかったエリアを4×4ルートとして開発し、小規模なエコキャンプやコミュニティ運営の宿泊施設と結びつけるモデルが示されています。車両台数やキャンプサイト数に上限を設け、「少人数・高単価」の体験型商品として設計することが成功の鍵だと述べられています。


Overlandingが動かす経済の規模

ここで視野を広げ、Overlandingがもたらす経済効果について見てみましょう。

米国のアウトドアレクリエーション全体は、2023年に1.2兆ドルの経済生産と約500万人の雇用を生み出し、GDPの約2.3%を占める重要産業となっています(出典:Recreation Roundtable, 2024年 )。

Overlanding関連では、米国のBackcountry Discovery Routes(BDR)が注目に値します。BDRは、アドベンチャーライドやOverlanding向けに州を横断する長距離ルートを整備する非営利団体で、ルート上の農村地域に年間6,000万ドル超の経済効果を生み出しているとの試算を公表しています(出典:BDR, “2023 Economic Impact Study” )。その波及は、ガソリンスタンド、キャンプ場、モーテル、飲食店、食料品店、整備工場など多岐にわたり、従来産業の縮小に悩む地方にとっての新たな収益源になっています。

車両のカスタム・アフターマーケット市場との結びつきも重要です。業界団体SEMAの各種資料によると、ライトトラック・SUV向けのオフロード関連カスタム品への支出だけで年間230億ドル以上が費やされており、その一部はOverlanding用途に向けられています(出典:SEMA, “Off-Roading One Pager” )。

Overland Expoの2025年版業界レポートでは、2024年に約800万人だった米国のOverlanding参加人口が、2025年には1,200万人へ増加すると予測されており、参加者の95%が車両を何らかの形でカスタマイズしていると報告されています(出典:Overland Expo, “2025 Overland Industry Report” )。


なぜ日本にOverlandingのポテンシャルがあるのか

ここからは、日本の話です。

日本の国土の約3分の2から7割は森林であり、その多くは戦後に造林されたスギ・ヒノキなどの人工林です(出典:林野庁 )。木材自給率は1955年の96%から2002年には18.8%まで低下し、安価な輸入材の流入によって国内林業の採算は悪化、担い手不足が深刻化しています(出典:nippon.com, “Japan’s Forestry Industry” )。森林資源そのものは「伐りごろ」を迎えているにもかかわらず、管理放棄や手入れ不足で荒廃が進んでいる森が全国に広がっています。

人が山から離れたことで、もうひとつの問題も顕在化しています。クマ・イノシシ・シカなどの野生動物が里に出やすくなり、2023〜2024年にかけて、クマによる人的被害は統計開始以来最高水準の状況が続いています(出典:The Japan Times, 2025年12月6日 )。専門家は、放置林や放棄農地の拡大が、人と野生動物のバランスを崩している一因だと指摘しています。

一方で、日本のアウトドア市場は力強い成長を続けています。日本RV協会(JRVA)の発表によると、国内のキャンピングカー累積保有台数は2024年時点で約16.5万台に達し、2005年の約5万台からほぼ3倍に増加しています(出典:JRVA / PR TIMES, 2024年 )。車中泊対応施設であるRVパークの数も近年急速に増えており、JRVAは将来的に1,000カ所規模の整備を目標としているとされています。

日本は、自家用車の保有率が高く、山・海・湖など多様な自然環境へのアクセス道路も整備されています。北海道の亜寒帯林から南西諸島の亜熱帯林まで、短距離で気候・植生・文化の変化を体験できる地理的多様性は、世界的に見ても希少です。そして何より、世界のOverlandingシーンで代表的な車両の多くが、トヨタ・日産・スズキなど日本メーカーの製品です。ランドクルーザー、ハイラックス、ジムニーは、Overlandingの世界では実質的なアイコンとなっています(出典:Overland Expo, 前掲)。

つまり日本は、「Overlandingに使われる車両の供給国」であると同時に、それらの車両が走るべき豊かなフィールドを持つ「潜在的な聖地」なのです。


行政・自治体が今、始められること

世界の先行事例と日本の資源を重ね合わせると、いくつかの具体的な可能性が見えてきます。

日本版Backcountry Routeの構想。 都道府県や広域DMO単位で、既存の林道・農道・観光道路・道の駅・キャンプ場をつないだ「Overlandingモデルルート」を設計すること。BDRのように、GPSデータ・マップ・安全情報・利用ルールをセットにして公式に発信すれば、国内外からの旅行者を呼び込む基盤になります。もっとも、日本の林道や農道には治山・防災上の制約や、管理権限が複数の行政機関にまたがるケースも少なくありません。だからこそ、構想の初期段階から関係部署との丁寧な対話と合意形成が不可欠になります。

車中泊・キャンプインフラの整備。 すでに増加しているRVパークやキャンプ場を、林道や地方道で結び、数百キロ単位の周遊ルートに再構成する。トイレ・水場・ごみステーションなど最低限のインフラを簡易に整備し、「公式Overlandingステーション」として認定する制度も検討に値します。

環境保全と利用者教育の一体設計。 北米では、Overlandingの急増によりトレイルの荒廃や騒音問題が生じ、ルート閉鎖に至った事例もあります(出典:SEMA, “Overland Market Trends“, 2025年 )。日本では最初から、「Leave No Trace(痕跡を残さない)」の原則や、ルート外走行の禁止、野生動物の繁殖期への配慮といったガイドラインを整備し、利用者教育とセットで展開することが重要です。適切な利用ルールと還元スキームを設計することで、利用料の一部を森林整備や獣害対策、地域コミュニティに還元し、「走るほど森が良くなる」モデルを目指すことができます。

産業クラスターの形成。 Overlanding関連のギアメーカー・車両ビルダー・ガイド・キャンプ場・地域観光事業者をつなぐネットワークを形成し、見本市やビジネスマッチングの場を設ける。EV・ソーラー・蓄電など脱炭素技術との結びつきも、GX(グリーントランスフォーメーション)の実証フィールドとして打ち出すことができます。


「森に入ること」を、もう一度あたりまえにするために

アフリカのサバンナで育まれたOverlandingという旅の文化は、いま世界に広がり、単なるレジャーを超えた社会的な意味を持ち始めています。自然保護への貢献、地域経済の活性化、人と自然の関係の再構築。それは、私たちNature Serviceが「自然に入ることを、もっと自然に」というメッセージに込めてきた想いと、深く共鳴するものです。

日本には、世界に誇れる森と海があります。それらを結ぶ道があります。そしてその道を走るための、世界最高水準の車があります。足りないのは、それらをひとつのストーリーとしてつなぎ、「文化」として育てていく仕組みだけかもしれません。

Nature Serviceは、キャンプ場や自然施設の企画・再生・運営を通じて培ってきた知見を活かし、日本におけるOverlanding文化の育成に取り組んでいきたいと考えています。ルートの調査・設計、環境配慮のガイドライン策定、利用者向けの教育プログラム、地域との合意形成。こうした領域で、自治体や企業、地域の皆さまとの共創を進めてまいります。

Overlandingに関するご相談、地域での導入検討、共同研究や実証実験のご提案など、お気軽にお問い合わせください。