この記事を書いた人


医師・医学博士 木村 理砂
Momo統合医療研究所所長 専門は働く人のメンタルヘルス、糖尿病内科、東洋医学。 複数社の都内企業の産業医活動とともに、統合医療的な視点から自然で過ごすことを含めたライフスタイルやセルフケアを提案。

自然環境における保養が心身の健康にとって非常に重要だということをどのくらいの方が認識しているでしょうか。自然の中で過ごすことで、ストレス解消やリラックス状態がもたらされ、健康に対してプラスの影響があります。自然環境下での保養でいかに「整う」か、個人や企業ができることを産業医の立場から解説します。

保養とは?

保養の定義

保養は、一般的には、身体的または精神的なストレスから解放され、リラクゼーションを得るための活動を指します。適切な休息、栄養、適度な運動が必要ですが、何よりも心地よい環境に身を置くことが不可欠です。

保養の目的と重要性

保養の主な目的は、心と体の健康を維持または改善することです。日常生活の中で蓄積されていくストレスや疲労は、長期的には身体的、精神的健康に悪影響を及ぼします。これに対抗するために、保養をとおしてリフレッシュの機会を創出し、私たちのエネルギーを回復していきます。また保養は、創造性や集中力を増大させるための有効な手段でもあり、単なる疲労回復とは異なる側面があります。

保養が及ぼす心と体への影響

保養が”体”に及ぼす効果

保養と聞くと、体を休めるイメージがまっさきに浮かぶかもしれません。もちろん、保養において体の休息は必要です。しかし、保養のなかには適切な運動も含まれ、ウォーキングやハイキングなどで筋力や心肺機能を向上させ、健康の維持につなげられます。

さらに、適切な睡眠や栄養をとること、自然の概日リズムの中で規則正しく生活することも保養の大切な要素です。自然の中で過ごすことによって、自律神経のバランスが整い体調を安定させたり、免疫システムが高まり病気から体を守りやすくなったりすることが示唆される調査報告もあります。

保養が”心”に及ぼす効果

体の健康と同時に、大切にすべきは心の健康。日々のストレスにより、体よりも心の方が疲弊しているケースも多々あるのではないかと思います。心の健康にとっても保養は非常に重要なのです。リラクゼーションや心地よいと思える活動は、ストレスホルモンのレベルを低下させ、ネガティブな気分状態が改善、ポジティブな気分状態が向上します。

また、普段とは違う場に身を置くこと、新たな経験や視点を得ることで、考え方の柔軟性や多様性に影響を与えやすくなり、創造性が豊かになったり問題解決能力が向上したりする可能性もあります。

自然を活かした保養の効果

医師・研究者の立場から、今回のテーマである「自然環境での保養」について、自然が人に与える効果や睡眠との関連性について、より詳しくみていきます。

科学的な研究から見た自然の効果

自然の中に行くと、こんな経験をした覚えはありませんか?

  • リフレッシュできた
  • 気持ちが明るくなった
  • 気分が良くなった
  • 疲れが取れた

こういった経験を科学的にも検証しようという動きが、国内外で近年高まっております。たとえば、体への影響として、ストレスホルモンの低下や自律神経のバランスが整うということも示されています。さらには免疫への影響ということも、チーフエビデンスが出ている部分もあります。また、心の状態としては、気分の落ち込み、不安、イライラ、疲労、混乱、といったネガティブな状態は自然の中では改善され、回復感、活力、穏やか、といったポジティブな気分状態が向上するという結果が、多くの調査で出ています。

実際、私も参画した長野県信濃町の「脳波測定による自然体験が寄与する効果の検証」プロジェクトでも同様の結果を得ており、自然環境で過ごすことの有効性に注目が集まっています。

自律神経のバランスが整うメカニズム

自然の中に行くと自律神経のバランスが整うメカニズムをもう少し詳しく解説します。自律神経は身体の安定化を助けるための神経で、24時間休むことなく、睡眠、呼吸、食欲、消化、ストレスへの反応など、ありとあらゆる基本的な機能を調整しています。

自律神経には、交感神経系と副交感神経系の2つがありますが、両者のバランスが乱れると心身にさまざまな不調が生じたり、慢性的な疲労や気分の落ち込みや不安感などのネガティブな状態が引き起こされます。

自然環境では、自然の音や景色、香りといった様々な要素が自律神経に働きかけます。それにより、乱れたバランスが整い、結果的にストレスが解消されて心身の状態がポジティブに向かうのです。

保養と睡眠の質

2021年から、林野庁で森林サービス産業推進検討委員会という委員会が発足しております。日本各地の保養地で過ごしたときに、睡眠にどのような変化があるのかという調査を行っています。この結果からは、客観的・主観的の両面から、保養地で過ごすことにより睡眠の質が高まったり、よく眠れるようになったりという方が、一定の割合でいることがわかりました。

都市部で産業医をしていると、都市部で働く人々の悩みに「睡眠の質が良くない」といった相談がよく寄せられます。都市部の生活は緊張状態が強く、継続的にストレスにさらされながら過ごしていらっしゃる方も多いと感じています。

心身が真にリラックスをした感覚から何年も遠ざかってしまっているケースもあり、たとえば「森」といった自然の中で「心底リラックスした状態」が得られると、それがきっかけでその後の睡眠状態にも良い影響がある可能性があります。

睡眠の質を高める方法

ここで、なかなか自然と触れ合う時間がとれないという方でも取り入れられる、寝る前のリラックス法をご紹介します。3秒ぐらいで息を大きく吸って、1~2秒止め、6秒ぐらいかけて息をおなかの中からゆっくり吐くという、「吐く息の長い呼吸」を寝る前にぜひ試してみていただきたいと思います。これを5分ほど続けていただくとリラックスした状態になりやすく、睡眠の質もよくなることがあります。ぜひお試しください。

自然を生かした保養の提案

実際に自然を保養に生かす方法について、個人や企業ができることをご提案したいと思います。

個人と保養

自然が豊かな地域に行くことが、心身のバランスを整えるのに非常に有効な手段だと考えられます。街の雑踏から離れ、波の音や鳥の鳴き声、風の音など、自然の音を聞くことでリラクゼーションを得ることができます。

とは言え、年に何度もそういった場所に行くのが難しいこともあるかと思います。最近では、近くの公園、緑地、海などのより身近な自然の中でも同様の質の高い自然体験ができないかということが模索されています。東京都の練馬区では2021年より、森林浴をより推進するような動きが起こり、2022年に行われたエビデンス取得に私も関わらせていただきました。

具体的には、遠方の森で実施するような森林浴とほぼ同様の効果が、都市部の公園での森林浴でも見られていたという結果が出ております。もちろん、より自然豊かな地域に足を運ぶことが望ましいですが、日常的には身近な森や海でゆっくりしてリラクゼーションを得る時間をもつ、そして、月に1回ぐらいはもう少し足を延ばして近郊の自然に親しみ、さらに年に数回は、より豊かな自然の地域に足を運ぶようなライフスタイルを持つ方が増えていくと、より自然な形で心身ともに「整う」状態になれると考えています。

企業と保養

産業医として実際に企業の経営者さんとお話をしていると、企業の経営課題として、従業員のパフォーマンス向上や心の健康増進などを挙げるケースが多くあります。従業員の健康を促進することで、企業の組織力や競争力を向上させる経営に注目が集まっていると感じています。

企業にとって従業員の健康というのはとても大切な資源です。その資源である人材が元気であれば、生産性も上がり、活力のある企業経営に繋がるということが言われております。そのような中で、体の健康とともに心の健康ということも非常に重要な課題になってくるかと思います。先述しましたように自然環境で過ごすことは、心の健康増進や心の不調予防にとても役立つ部分があると思います。こういった観点から企業経営に保養としての自然活用をしていただくのも一つの手段だと考えています。

また、エビデンスは少ないものの、自然環境の中では生産性が上がるというような調査報告があり、創造性に関しても注目が集まっています。また、チームビルディングや心理的安全性など自然環境の中でチームで過ごすことによって、オフィスでそういったトレーニングを実施するよりも、より効果が表れやすい可能性もあると考えられております。

まとめ

自然環境での保養は心身の健康に重要で、ストレス解消やリラクゼーション、創造性の向上に寄与します。適度な運動や良質な睡眠を含む保養は、自律神経のバランス整え、免疫力を向上させます。自然環境を日常的に楽しむことで、個人と企業双方が健康管理とパフォーマンス向上に役立てることが可能だと考えています。

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