目的

今回私たちNature Serviceは、「森林環境の中では都内のオフィスや会議室よりも脳の機能の活性化がみられ、生産性があがる」のではないか、という仮説をたて、脳が活性化している、ということを脳波という手法を用いて示すことはできないだろうか、という目的で長野県信濃町の協力で調査研究を行いました。

実験概要

参加者は首都圏で働く労働者20名(男性15名、女性5名、平均年齢37.2歳)。参加者はAグループとBグループに分かれ、以下のように各グループで順序を変えて調査を行いました。
 Aグループ:都内実験後、信濃町
 Bグループ:信濃町後、都内実験
測定した内容は、都内、信濃町それぞれにおいて、自覚症テスト、クレペリンテスト、脳波(安静時脳波、クレペリンテスト実施中の脳波)です。さらに信濃町では、森林セラピーを実施し、その前中後でも脳波測定を行いました。脳波測定は感性アナライザーを用いて行いました。

結果

1)自覚症テスト
まず1つ目の結果としては、信濃町では自覚症テストの結果が、森林セラピー後より良好となり、以後滞在中はその良い状態が続いていたことです(図1)。

図1 自覚症状の平均得点

自覚症テストの平均得点は都内オフィスにおいて46.2±16.1点であり、信濃町到着時、すなわち自然体験開始時は43.1±9.2点とほぼ同程度でしたが、森林セラピー後は35.5±8.8点、自然体験終了時は34.9±8.8点と両者とも都内オフィスにおける平均得点と比較し、有意な改善を示していました。つまり、信濃町の森林環境においては、森林セラピー後より自覚症状は改善し、その後滞在中持続していた可能性が考えらます。
自覚症テストの個々の項目における得点変化を図2に示します。全般的に森林環境で過ごすことにより、改善の傾向がみられていることがわかります。内容としては、「いらいらする」「落ち着かない気分だ」「やる気がでない」「不安」「ゆううつな気分」「考えがまとまりにくい」といった気分に関する項目、「頭がおもい」「目がかわく」「肩がこる」「頭がぼんやりする」「だるい」「腰がいたい」「目が疲れる」といった身体の症状に関する項目が混在していますが、どちらの項目に関しても改善傾向がみられていました。

図2 自覚症テスト 項目別の平均得点

2)脳波測定
信濃町森林環境における全般的な脳波測定結果を解析したところ、「興味関心が高まり、脳が活性化している状態」を示す指標において80%の参加者において都内オフィスよりも上昇している傾向があることが示されました(図3)。都内オフィスにおけるポイントを1としたときに信濃町森林環境における同指標の平均値は、自然体験開始時は1.49(49%増加)、森林セラピー中は1.55(55%増加)、自然体験終了時は1.31(31%増加)という結果でした。信濃町では、到着時から帰るときまで「興味関心が高まり脳が活性化している状態」が高まっていたことが示されました。

図3 脳波測定結果「興味が高まり活性化している状態」の度合い

3)クレペリンテスト
知的作業の生産性を測定する目的で、内田クレペリンテストを実施しました。内田クレペリンテストは、時間内にできるだけ正確に数字の足し算を繰り返す集中力を要する単純作業です。
クレペリンテストの回答数を都内オフィスで実施した場合と、信濃町森林環境で実施した場合を比較したところ、平均回答数は都内オフィスでは906.5±288.5個であったのと比べ、信濃町森林環境では954.2±208.7個と回答数が多い傾向がみられました。クレペリンテストの回答数上では作業成績が5.3%向上している結果となりました(図4)。クレペリンテストの正答率においては、両者において差はありませんでした。

図4 クレペリンテスト平均回答数

また、森林環境におけるクレペリンテスト実施前(安静時)とクレペリンテスト実施中の脳波の度合いを比較したところ、「心の穏やかさ」を示す脳波の度合いは30.4± から38.6に平均8.2ポイント増加、「興味関心が高まっていること」を示す脳波の度合いは46.6から55.5に平均8.9ポイント増加、「快適に作業をしている状態」を示す脳波の度合いは62.8から79.5に平均16.7ポイント増加しており、それぞれ統計学的に有意な増加でした(図5)。つまり、信濃町森林環境ではクレペリンテストの実施において、「興味関心が向上し、心穏やかに快適性を保ちながら作業をしている」ことが有意性をもって検証されました。

図5 信濃町森林環境における知的作業時の脳波の度合いの変化

さらに、「心の穏やかさ」を示す脳波の度合いにおいては、都内オフィスで実施した時と比較して作業前と作業時の変化差が有意に高まっており、都内オフィスでは0.4ポイント減少していたのと比較し、信濃町森林環境においては、8.2ポイントの増加と有意な増加を示していました。つまり、信濃町森林環境では、知的作業中の脳波測定において、「心穏やかに作業を行っている傾向」が有意にみられていたことが示されました。

図6 都内オフィスと信濃町森林環境における知的作業中の
「心穏やかに作業を行っている傾向」を示す脳波の度合いの変化差

結果のまとめ

今回の実証実験における結果を以下にまとめます。

1)信濃町森林環境では都内オフィスと比較して、

  • 自覚症状が有意に改善していた(+5.3%)。
  • 脳波測定にて、「興味が高まり活性化している傾向」が向上していた。

2) 信濃町森林環境における知的作業(クレペリンテスト実施時)では、

  • 都内オフィスにおける作業時と比較して、作業成績が向上していた。
  • 脳波測定では、「心の穏やかさ」「興味関心」「快適さ」の指標が有意に向上していた。中でも、「心の穏やかさ」は都内オフィスにおける作業時と比較して有意に向上していた。
  • 森林環境では、疲れがとれやすくリラックスして作業を行っている可能性が推測された。

考察

先行研究において、自然環境における脳波の変化を調査したものがあります 1)。その研究によると、ショッピングセンター、緑地のある公園、ビジネス街をそれぞれ25分間歩き脳波測定を行ったところ、公園を歩いた時のみ心の静まりが増大し、なおかつ気分の落ち込みや苛立ちが減少した、という報告されています。本実証実験の結果においても、信濃町森林環境における知的作業時には都内オフィスと比較し、特に「心の穏やかさ」の指標が有意に向上しており、また、「ゆううつ」や「いらいら」といった気分の状態を含む自覚症状の改善もみられており、先行研究とも一致する結果でした。

また、自然環境において、人間はより心理的に安寧に過ごすことができる、ということの背景に「注意回復理論」という心理理論があります 2)。人間は、何か作業を行う際にその対象に「自発的注意」を向けており、それが疲労を引き起こしています。疲労は、単に作業効率の低下だけでなく、ネガティブな感情の喚起、イライラ、感情鈍麻、他者に気を払わない、事故発生などの状況を引き起こします。一方で、奇妙なもの、動くもの、野生動物、明るいもの、かわいいものなどに対しては「非自発的注意」が向けられ、非自発的注意を喚起する環境は、自発的注意を向けていることに対する休憩を可能にするといわれています。自然環境もその1つであり、疲労は都会よりも自然環境のほうが回復しやすい、という理論です。
今回の実証実験において、信濃町森林環境における知的作業中、「心の穏やかさ」「興味関心」「快適さ」といった指標の向上が認められ、森林環境においては、疲れがとれやすくリラックスして作業を行っている可能性が推測されました。これは、注意回復理論とも一致する結果であるとも考えられます。
 
自然環境の人間にもたらす効果は、まだまだ測定が難しい側面も多いと考えます。しかしながら、今回の脳波を用いた実証実験により、先行研究とも一致する有意義な結果を得ることができました。今回の調査では限られた人数の方に関する調査でしたが、今後、より多くの被験者に対して調査を継続していくことは重要な課題であり、それによって自然環境で過ごすことの有効性が明らかとなり、より多くの人が自然環境を活用して健康増進や生産性の向上が図れるようになることが期待されます。

最後に

最後に、そもそも信濃町脳波プロジェクトとは何のために始まったかということを振り返りたいと思います。
多くの方は、「自然環境で過ごすこと」はなんとなく健康によさそうだ、なんとなく生産性や創造性が高まりそうだ、ということは直感で感じていると思います。実際に多くの企業で森林セラピー、森林浴や自然環境で過ごすことの提案をすると、役員の方、人事や総務担当の方をはじめとする皆さま口をそろえて「それは確かによさそうだ」とおっしゃいます。しかし、実際に従業員を森へ・・という話になると、時間、経費・・ などいろいろな理由づけにより実現しないことが多いのが現状です。
もちろん中には時代に先駆けて、経営者や担当者の方の直感といままでのエビデンスをもとにすでに自然環境の中での研修や保養を行っている企業もあり、今後の成果が期待されるところです。

そのような現状において、「森に行ったら仕事をしないでのんびりする」はもちろん医師としては推奨したい過ごし方ですが、それだけにとどまらず、「森に行って仕事をしたら仕事もはかどった」という結果を示すことができれば、もっと多くの方が森を活用するきっかけにつながるのではないか。
実際、時代は働き方改革が推奨されており、環境さえ整っていればどこでも仕事ができる方も多くなってきています。
よりよく働くこととより健康に過ごすことが同時に実現できる可能性、これこそがこれからの時代の働き方なのではないでしょうか。

【参考文献】
1) Aspinal P. et al. ; The urban brain: analyzing outdoor physical activity with mobile EEG, British Journal of Sports Medicine 6 March 2013.
2) Herzog, R. et al. ; Reflection and attention recovery as distinctive benefits of restorative environments. Journal of environment Psychology 17 165-170, 1997.

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