2025年2月7日、林野庁主催のイベントにおいて、Nature Service共同代表理事・赤堀哲也が「森の力で解決する現代の経営課題 ~社員のウェルビーイングを向上させる新しいアプローチ~」というテーマで講演を行いました。本記事では、その講演内容をもとに、地域の自然資源を企業の経営課題解決に活用するために必要な「エビデンス(科学的根拠)」と「ROI(投資対効果)」について詳しく解説します。

1.2025年2月7日、林野庁主催のイベントで講演をしました(概要)

  • フォーラム概要: 林野庁が主催する「山村と企業をつなぐフォーラムにて講演を実施。参加者は企業の人事担当者や地域の自然体験プログラム提供者の方々でした。
  • 講演テーマ:森の力で解決する現代の経営課題」。社員のウェルビーイング向上や組織活性化の新しいアプローチとして、森林の持つ可能性に着目しました。
  • 講演内容: ウェルビーイング向上が、離職率低下、社員エンゲージメントの向上、イノベーションの創出にもたらす影響、そして森林や自然体験がどのように貢献できるかを具体的に解説しました。

2.地域の自然資源を活用するにはエビデンスとROIが重要

企業が社員研修や福利厚生に自然体験プログラムを導入しようと検討する際、まず直面するのが「本当に効果があるのか?」という疑問です。その問いに答えるためには、科学的なエビデンス(効果の根拠)と具体的なROI(投資対効果)のデータを示すことが重要だと赤堀は強調しました。自然体験が社員のウェルビーイング(心身の健康や幸福度)を向上させるだけでなく、企業にとっても経営上のメリットにつながることを、数字や事例で示す必要があるのです。

3.自然体験の効果を示す具体的なエビデンス

最新の研究や調査から、自然体験がもたらす効果について以下のようなエビデンスが報告されています。

  • ストレスの軽減・メンタルヘルス改善: 自然環境の中で過ごすことでストレスホルモン(コルチゾール)の低下が確認されています。例えば、2019年の研究では、わずか20〜30分程度自然の中で過ごすだけでコルチゾールレベルが有意に低下したと報告されています (A 20-minute nature break relieves stress – Harvard Health)。これは自然の中でリラックスすることが精神的ストレスを軽減し、メンタルヘルスの改善につながることを裏付けています。
     
  • 創造力・集中力の向上: 森林など緑豊かな環境は私たちの認知機能にも良い影響を与えます。自然の中では心身がリラックスし、注意力が回復するため、結果的に集中力創造性が高まるというデータがあります (3 ways getting outside into nature helps improve your health) 。オフィスで行き詰まったときに外に出て散歩をすると頭が冴える、といった経験は多くの方が実感していることでしょう。
     
  • チームビルディングと心理的安全性の向上: グループで行う自然体験は、参加者同士の信頼関係を深め、チームワーク心理的安全性を高める効果があります。自然の中で非日常の体験を共有することで、同僚間のコミュニケーションが活性化し、職場での結束力向上につながるとの報告もあります (The benefits of outdoor team building activities | McKinsey)。この報告では、屋外でのチーム研修を行った企業では、「短時間で本音を語り合え、何十時間分もの会議に相当する成果があった」という経営者の声も紹介されています。

コーネル大学:10分の自然体験でストレスホルモンを低減

2020年にコーネル大学の研究グループ(Sachs & Rakow ほか)は、大学生のメンタルヘルス改善に必要な「最小時間量(Minimum Time Dose of Nature)」についてスコーピングレビューを実施しました。
結論として、「1日10分程度でも自然環境に身を置くことで、ストレスホルモン(コルチゾール)が有意に減少し、精神的疲労感が和らぐ」ことを示しています。
企業が短時間のオフサイトミーティングや昼休みの森散策を取り入れるだけでも、社員のメンタル面にプラスの効果を期待できるという示唆です。

スタンフォード大学:創造性が向上し、アイデア生成効率も向上

歩くことが創造的思考を向上させることが示されました。特に屋外での歩行が最も効果的で、参加者の創造性テストスコアが81%向上し、アイデア生成が約60%増加しました。自然環境での散策は、注意力の回復や「やわらかな刺激」状態を通じて、より斬新で質の高いアイデアの創出を促進することが明らかになりました。

スタンフォード大学:自然歩行でネガティブ思考を抑え、認知機能をアップ

スタンフォード大学の研究(Bratman et al., 2015)では、「自然の中を90分ほど散策することで、ネガティブな反すう(rumination)が減少し、脳の特定領域の活動が抑制される」ことが報告されました。
この研究では被験者を都会の中と自然の中でそれぞれ同じ時間歩かせ、脳のスキャンと心理テストを行っています。都市環境では見られなかったストレス低減効果が、森林環境では明確に確認されました。
企業での導入例としては、1〜2時間程度の「森林ウォーキング研修」などを設計し、認知機能の回復や集中力向上を狙うことが可能です。

ユタ大学:焚火は絆を深め、想像力を刺激する社会的役割

Wiessner(2014)の研究は、焚火を囲んだ夜の会話が、昼間の実務的な話題と大きく異なり、想像力を喚起し、緊張を和らげ、人々の絆を深めることを示しています。とりわけ、火の光によって表情が穏やかになり、心や思考をオープンにしやすい点が特徴的です。
企業のチームビルディングや研修の場でも、このような「火を囲むコミュニケーション」のエッセンスを取り入れることで、自然体験を通じたより深い対話・アイデア創出・組織連帯感の形成など、多様なメリットが期待できるでしょう。

ユタ大学+カンザス大学:4日間の自然体験が創造性を50%高める

ユタ大学の研究チーム(Atchley, Strayer, Atchley, 2012)によると、4日間自然の中で過ごした被験者は、創造性テストで最大50%高いスコアを記録しました。
参加者は電子機器を一切使用しないアウトドアプログラムに参加し、自然環境に浸ることで脳のデジタル疲労が解消されたと考えられています。「企業が合宿や長期オフサイトを実施する場合、非日常的な自然環境を選ぶことが創造的思考を促すきっかけになる」と示唆されます。

これらの研究はいずれも、自然環境がもたらす多面的なメリットを科学的に裏付けるものです。短時間から長期滞在まで、自然体験を取り入れれば企業のメンタルヘルス対策イノベーション促進に有効と期待されます。上記の結果と講演で取り上げた他のエビデンスを合わせて考えると、「自然×企業経営」の可能性は多方面にわたって広がると言えるでしょう。

4.自然体験プログラム導入の具体的なROI

次に、企業が自然体験プログラムを導入した場合に期待できるROI(Return on Investment:投資対効果)を見てみましょう。エビデンスと同様、ROIのデータを示すことで企業内の合意形成や予算確保が進みやすくなります。

  • 離職率の低下と人件費コスト削減: 自然体験による社員のエンゲージメント向上やストレス軽減は、結果的に離職率の低下につながる可能性があります。社員の定着率が上がれば、新たな採用や教育にかかるコストを削減できます。実際、社員のエンゲージメントが高い企業では離職率が最大51%も低下するとのデータもあります (Key Employee Engagement Data from Gallup’s 2024 Study)。これは自然を活用したウェルビーイング向上施策が、人材流出防止という観点で大きなROIを生むことを示唆しています。
     
  • モチベーション・生産性向上による業績改善: 自然体験を通じて社員のモチベーションや集中力が高まれば、日々の生産性向上やイノベーション創出にも寄与します。社員の活力が高まることで業務効率が上がり、ひいては業績アップに直結します。例えば、社員エンゲージメントが高い企業では生産性が17%向上し、利益率も23%増加するとの報告があります (Key Employee Engagement Data from Gallup’s 2024 Study)。投資したプログラム費用に対してこれだけのパフォーマンス向上が得られれば、十分にペイする施策と言えるでしょう。
     
  • 企業ブランド価値の向上・ESGへの貢献: 社員の幸福や環境への配慮に積極的な企業であることは、対外的なブランドイメージ向上にもつながります。とりわけ若い世代の求職者やステークホルダーは企業のサステナビリティや健康経営への取り組みに関心が高く、環境・社会に配慮する企業を選ぶ傾向があります (Gen Zs and Millennials Look to Employers to Address Climate …)。自然体験プログラムの導入はESG(環境・社会・ガバナンス)経営の一環とも位置付けられ、企業の社会的評価を高める効果も期待できます。

(上記の表データをお送り出来ます)

5.ウェルビーイングを高める「PERMAモデル」と自然体験

近年、企業や教育機関で「ウェルビーイング」という言葉が広く使われるようになりました。ウェルビーイング(Well-being)とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態のことを指します。単なる「健康」や「幸福」よりも幅広い概念であり、仕事のパフォーマンスや組織全体の活力にも深く関わる重要なキーワードです。

PERMAモデルとは

ウェルビーイング研究の第一人者であるマーティン・セリグマン博士が提唱したPERMAモデルは、以下の5つの要素によって人間の幸福や充実感を構成するという理論です。

  1. P:Positive Emotions(ポジティブ感情)
    日々の生活や仕事の中で、喜びや感動、感謝などの前向きな感情を感じられるか。
  2. E:Engagement(没頭 / エンゲージメント)
    自分の取り組みや役割に熱中し、「今ここ」に集中している感覚が得られるか。
  3. R:Relationships(良好な人間関係)
    仲間や家族とのつながり、チームワーク、相互信頼など、人間関係が豊かに築かれているか。
  4. M:Meaning(意義・意味)
    自分の仕事や生き方に「意味」や「やりがい」を見出せているか。
  5. A:Achievement(達成 / 成果)
    何かを成し遂げる喜びや、目標を達成した際の満足感・モチベーションを得ているか。

これらの要素がバランスよく満たされることで、人は総合的に高いウェルビーイングを感じると言われています。

自然体験とウェルビーイングの関係

企業が自然体験プログラムを導入し、社員のウェルビーイングを高める狙いを考える際に、このPERMAモデルが大いに役立ちます。たとえば:

  • P(ポジティブ感情)
    森の中で深呼吸をしたり、美しい景色を眺めたりすることで、ストレスが軽減され、前向きな感情が湧き起こりやすくなります。
  • E(没頭 / エンゲージメント)
    五感をフルに使うアウトドア体験は、自然と「今この瞬間」に集中させてくれます。社員がリフレッシュしながら同時に集中力を高めるきっかけになるでしょう。
  • R(良好な人間関係)
    非日常の自然環境をチームで体験すると、上下関係や世代間ギャップを超えた対話が生まれやすく、心理的安全性の向上にもつながります。
  • M(意義・意味)
    地域の自然や社会課題に触れることで、企業活動が社会全体の価値向上に寄与していると実感できます。SDGsや環境保全といったテーマと結びつけることで、仕事への意義を再確認する機会にもなります。
  • A(達成 / 成果)
    チームビルディング合宿や新プロジェクトのアイデア創出合宿などを自然の中で実施することで、具体的な成果や達成感を得やすくなります。

組織におけるウェルビーイング向上の意義

  • 離職率低下やチームワーク向上
    ウェルビーイングが高い組織は、社員のモチベーション・定着率が上がり、結果的に採用・教育コストの削減にも寄与します。
  • イノベーション創出・業績アップ
    ポジティブ感情と高い没頭感が得られる環境では、創造性が刺激され、新しいアイデアが生まれやすくなります。その成果は、商品開発やサービス改善、あるいは業務効率化などに反映され、業績アップにつながります。
  • 企業ブランド価値向上
    社員の健康と幸せを大切にし、環境・地域との共生を推進する企業は、求職者や投資家、地域住民などからの評価が高まります。SDGs・ESG経営の観点でも、ウェルビーイングの向上策は有効な取り組みです。

自然の中で過ごすひとときが、ポジティブ感情(P)や良好な人間関係(R)を育み、企業にとっても大きな成果(A)をもたらしてくれるのです。こうした効果をさらに確かなものとするために、科学的エビデンスと明確なROIを押さえ、継続的に取り組むことがカギとなります。PERMAモデルを参考に、自社が「どの要素を強化したいか」を見極めながら、自然体験プログラムを導入してみてはいかがでしょうか。


Nature Service がサポートします

企業が自然体験プログラムを導入し、社員のウェルビーイングを高めつつ、経営課題を解決するためには、専門的なサポートが不可欠です。Nature Serviceでは、以下のような総合的な支援を行っています。

1. 日本全国の地域から、企業の拠点や課題に合った最適な地域をご紹介

  • 地域特性×企業ニーズのマッチング
    全国には森林セラピー基地やアウトドアプログラムを提供できる地域が多数あります。企業の拠点や解決したい課題(離職率低下、チームビルディング、新規事業創出など)をヒアリングし、最適な地域・プログラムを提案します。
  • 企業・自治体・地域団体との橋渡し
    自治体や地元ガイドと連携し、最適なプランを具体化。交通アクセス、宿泊施設、現地での学習機会なども考慮して、実施までサポートします。

2. アウトドア体験のノウハウを活かし、人事担当者を支援

  • プログラム設計・オペレーション支援
    「どんなアウトドア体験が社員のウェルビーイング向上につながるのか?」という設計から、当日の進行・安全管理までトータルでアドバイス。人事担当者の負担を軽減しつつ、効果的な研修プログラムを実現します。
  • 専門家ネットワークの活用
    森林セラピーガイドやアウトドアインストラクターなど、各分野の専門家と連携し、安心・安全で充実度の高いプログラムを提供します。

3. 社内合意形成のための制度設計やROI作成まで、幅広い後方支援

  • 導入のための制度設計支援
    自然体験プログラムを公式の研修制度や福利厚生として位置づけるための社内フローづくりをサポート。予算化や労務管理上の手続きなどもアドバイスします。
  • ROI測定・データ分析
    離職率の変化や社員満足度、アイデア提案数などをモニタリングし、定量・定性の両面から効果を可視化。経営陣やステークホルダーに対して、投資対効果を明確に示せるレポート作成をお手伝いします。

上記のとおり、Nature Serviceは企業が自然体験を導入する際に生じるさまざまなステップをワンストップでサポートします。まずはお気軽にご相談ください。皆さまの状況やご要望に合わせて最適解を一緒に考え、「森の力」で経営課題を解決する新たな一歩を全力で後押しします。

本記事で紹介した赤堀の講演の録画と資料(講演スライドとKPI一覧の表データ)をお送り出来ます。また各地で講演も行っていますので、ご関心のある方はこちらからご連絡ください


本記事を通じて、企業の皆様が自社の経営課題を解決する手段の一つとして、地域の自然資源を活用する新しい取り組みを検討するきっかけになれば幸いです。社員のウェルビーイング向上と企業価値向上を両立する「森の力」の活用に、ぜひ前向きにチャレンジしてみてください。

コメントを残す