旅の楽しみと聞くと、青空の下で景色をながめたり、明るい時間に観光地を巡ったりする姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。けれど、自然には日が沈んだあとにしか見せてくれない表情があります。

満天の星、月明かりに照らされる森、波の音、虫の声、夜風の冷たさ。昼間は目で追っていた風景も、夜になると耳や肌、気配で感じるものへと変わっていきます。そんな夜の自然を楽しむ旅のスタイルが、いま注目されている「ノクツーリズム」です。

ノクツーリズムとは?

ノクツーリズムは、「夜の」「夜行性の」を意味する “nocturnal(ノクターナル)” と、観光を意味する “tourism(ツーリズム)” を組み合わせた言葉です。星空観察、ナイトハイク、ホタル観賞、夜の森を歩くガイドツアーなど、日没後の時間を旅の目的として楽しむ体験を指します。

昼の観光とは違い、暗さや静けさそのものを味わうところに魅力があります。視界が限られるぶん、耳を澄ませたり、風の匂いを感じたり、足元に意識を向けたりする時間が増えていきます。夜の自然は、私たちの感覚をゆっくりと開いてくれる存在でもあります。

「暗さ」は守るべき自然環境の一部

夜の自然に身を置くと、私たちは普段どれほど多くの光に囲まれて暮らしているのかに気づきます。街灯、看板、建物の明かり、車のライト。便利で安全な暮らしを支えてくれる光ですが、その一方で、暗い夜空は少しずつ見えにくくなっています。

2016年に発表された人工的な夜空の明るさに関する研究では、世界人口の3分の1以上が、天の川が見えにくい環境に暮らしていると報告されています。1

暗い夜空は、もはやどこにでもある当たり前の風景ではないのです。

また、夜の暗さは人間のためだけにあるものではありません。多くの生きものにとって、昼と夜の明るさの変化は、活動や休息、移動、繁殖などのリズムを整える大切な手がかりです。夜間の人工光が、生きものの活動パターンなどに影響を与えることを報告した研究もあります。2

つまり、人工の光が少ない夜は、ただ暗いだけの時間ではなく、多くの命のリズムを支える環境でもあるのです。

夜の自然を邪魔しないために

だからこそ、ノクツーリズムを楽しむときには、夜の自然を邪魔しない姿勢が大切です。

必要以上に強いライトを使わない。生きものを見つけても追いかけたり、照らし続けたりしない。大きな音を立てず、決められた道を歩く。初めての場所では、地域の自然をよく知るガイド付きのプログラムを利用するのも安心です。

日本にも、星空の美しさが評価されている国立公園があります。たとえば西表石垣国立公園は、国内で初めて星空保護区®に認定された場所として紹介されています。3

美しい星空は、そこに暗さを守る努力があるからこそ出会える風景でもあります。

夜を知ることは、自然を深く知ること

昼の自然が、目の前に広がる風景を楽しむものだとしたら、夜の自然は、音や空気、気配まで含めて味わうものかもしれません。暗さの中では、鳥や虫の声がいつもより近く感じられ、風の冷たさや土の匂いにも意識が向きます。見えにくいからこそ、自然の中にいる自分の感覚が、少しずつ研ぎ澄まされていくのです。

ノクツーリズムは、夜をただ楽しむ旅ではなく、暗さの価値に気づき、自然を大切にする感性を取り戻す入口になるのではないでしょうか。次の旅では、昼間の予定だけでなく、日が沈んだあとの自然にも、少し目を向けてみませんか。

《参考》

  1. Fabio Falchi et al. “The new world atlas of artificial night sky brightness,” Science Advances, 2016 ↩︎
  2. Sanders et al. “A meta-analysis of biological impacts of artificial light at night,” Nature Ecology & Evolution, 2020
    ※リンク先では論文概要を確認できます。 ↩︎
  3. 環境省「西表石垣国立公園↩︎