——名前を知ると見えてくる、生態系の今
あなたは今年の夏、蝶を見かけたら何を思いますか。きれい、と思って終わりでしょうか。
同じ”美しい蝶”でも、名前を知った瞬間に、その意味が変わることがあります。
栃木県の那須で生まれ育った私にとって、夏の風景は樹液の匂いや、カブトムシの硬い体の感触と共にあります。子どもの頃、図鑑の特等席にいた「オオムラサキ」は、いくら地元の林を探し回っても出会えない、どこか遠い世界の住人のようでした。
それから30年。縁あって昨年から、私は鳥野目河川公園オートキャンプ場の指定管理(公共施設を、民間団体や事業者などが管理・運営する制度)に携わるようになり、再びこの土地の自然と深く向き合うことになりました。
指定管理という役割のなかですることは、実に地味で泥臭いものです。風で散った枝葉を片付け、草木を世話し、次に訪れる利用者のためにサイトや水回りを整える。けれどそんな日々の積み重ねが、キャンプに来た人が焚き火の傍らで虫の声に耳をすませたり、朝露に濡れた草の上で子どもが立ち止まったりする、ささやかな自然との触れ合いを支えているのだと思っています。
指定管理として入った初めての夏、2025年の夏の盛り。降り注ぐ蝉の声さえ、熱気のなかで揺らいで聞こえるほど暑い日でした。コナラの木陰から、一頭のチョウがふわりと舞い上がったのです。

図鑑のなかの憧れだった、あの紫——オオムラサキでした。
30年越しの初対面でした。
「ここにいたんだ」という震えるような感動とともに、この公園の環境がつないできた時間の厚みを、一瞬の羽ばたきのなかに見た気がしました。利用者が日常的に足を踏み入れるキャンプサイトのすぐそばで、そんな出会いが何気なく起きているのも、この場所らしさかもしれません。
けれど、同じ年の夏。
職場から少し離れた自宅の網戸に、白地に赤い斑点を持つ、もう一頭のチョウが音もなく現れました。
そのチョウの名は「アカボシゴマダラ」。
思わず写真を撮り、家族に送ると、「綺麗な蝶だね」という素直な感想が返ってきました。その美しさに嘘はありません。
でも、生き物の名前と姿を知っている人間にとっては、その「赤」を手放しで喜ぶことができませんでした。
アカボシゴマダラは中国原産の蝶で、「特定外来生物」——本来その地域に生息していない生き物が持ち込まれ、生態系に影響を与えるとして法律で指定された種のことです。オオムラサキと同じエノキの葉を食べて育つため、もともとその木で育ってきたオオムラサキの幼虫と、食べ物をめぐって競合してしまいます。きれいな蝶が、別のきれいな蝶の生存を脅かしているのです。

何も知らなければ、ただ「美しい」で終わったかもしれない光景の奥に、別の意味が重なって見えてきました。
「名前を知る」ということは、美しさの裏側にある「生態系の揺らぎ」を、脅威として正面から受け止めることでもあります。
この土地で育ち、今この場所に居合わせる私にできるのは、変わりゆく自然の姿から目を逸らさず、その「目撃者」として、あの夏から続く日々を淡々と積み重ねていくことなのだと思っています。
もしこの夏、どこかで一頭の蝶に出会ったら、その名前を調べてみてください。
知ることは、脅威に気づく力になり、見えてくる景色は、きっと少しだけ変わります。


那須育ち。自然環境保全を専門学校で学び、卒業後は自然と関わりながら働く日々を送りました。今も生き物を見つけると仕事の手が止まってしまうほどの生き物好き。ゲジゲジだけは例外。子どもの頃に那須で過ごした原体験が、今の自分の土台になっていると感じています。だからこそ、この地の自然について正しい知識を伝えていきたい!まずはこの生き物はね、この植物はね、と話しかけるところから始めようと思っています。