はじめに
この記事を書いているいま、私たちが立ち上げた認定講座「森林活用企画士®」には、修了生が一人もいません。
まだ第一期生の受講すら始まっていない段階です。通常であれば、事業の紹介記事というのは、受講生の声や修了生の活躍といった「成果」が見え始めてから書くものかもしれません。
それでも、あえていま、この記事を残しておきたいと考えました。
なぜ、私たちはこの講座をつくろうとしたのか。何を課題と捉え、どのような思想で講座を設計したのか。その出発点の想いを、成果で語れるようになる前の「何もない状態」のいま、言葉にしておくことに意味があると感じているからです。
森を「育てるプロ」はいても、「活かすプロ」がいない
日本の国土の約67%(※林野庁「森林・林業白書」より)は森林です。この数字は、OECD加盟国の中でもフィンランドに次いで最も高い水準の一つで、豊かな森林を抱える先進国として、日本は世界の中でも極めて珍しい環境にあります。
しかしその一方で、現実の暮らしはどうでしょうか。国土交通省や総務省の統計によると、日本の国土の約1割にすぎない三大都市圏(東京圏・名古屋圏・関西圏)というごく限られた都市部に、実に人口の51.91%が集中して生活しています。
豊かな自然から物理的に切り離され、コンクリートに囲まれた都市環境の中で、過密な通勤と日々のプレッシャーに追われる毎日。そして現在、医療機関を受診している精神疾患の患者数は、全国で600万人を超える規模(厚生労働省「患者調査」)に達しています。
国土の約7割に迫る豊かな森が存在しながら、国民の半数以上が国土のわずか1割の都市部に過密に暮らし、多くの人が心身の不調や生きづらさを抱えている。この構造的なちぐはぐさを、私たちは日々の現場活動を通じて痛感してきました。
そうした現実を背景に、「森に関わりたい」「森林を活用した持続可能な事業を始めたい」という想いを持つ方は、近年確実に増えています。
地域おこし協力隊として山に入った方、地方に移住して新たな生業を探している方、企業の新規事業として自然体験やウェルビーイング事業を検討している担当者、あるいは先祖から山林を受け継いだもののどう活かせばよいか悩んでいる所有者の方など、立場は様々です。
しかし、その想いが実際の「事業」として動き出すケースは、決して多くありません。
なぜでしょうか。
私たちは、現場で活動を続ける中で一つの構造的な課題に行き当たりました。それは、日本には木を育て、山を手入れする「育てるプロ」は数多くいらっしゃる一方で、森を持続可能な事業として組み立て、社会へ開く「活かすプロ」がほぼ不在であるという現実です。
足りないのは熱量ではありません。“実践力”です。
想いがあっても、具体的に動かせない。そこには、共通する3つの壁があります。
一つ目は、「業界のリアルを知らない」こと。森林には法令や許認可、所有権の複雑さ、地域固有の慣習など、外からは見えにくい構造が存在します。
二つ目は、「相談できる人がいない」こと。林業の専門家はいても、観光や教育、健康といった他分野と森を掛け合わせて事業化を相談できる相手が周囲にいません。
三つ目は、「事業として組み立てるスキルがない」こと。アイデアはあるものの、収支計画やリスク管理、関係者への提案資料といった持続可能な形に落とし込めないのです。
その結果どうなるか。
「森で何かやりたいんです」と行政や金融機関、地域の仲間のもとへ相談に行っても、企画書がない状態では「いいお話ですね、頑張ってください」という応援だけで終わってしまいます。行政は予算や制度の枠組みに乗せられず、銀行は融資の検討すらできず、仲間もどう動けばよいか分かりません。
しかし、もしそこに「一本の確かな事業企画書」があればどうでしょうか。
行政には具体的な連携や補助事業の提案として話が通じます。金融機関には事業性と返済計画の根拠を示せます。仲間には役割と進むべき道筋を共有できます。
「想い」を「動かせる企画」に変換すること。それが、森を社会へ開くための最初の一歩だと私たちは考えています。
既存の林業資格との決定的な違い
ここで、率直にお伝えしておかなければならない点があります。それは、「すでに世の中に存在する林業や森林の資格と、森林活用企画士は何が違うのか」という疑問についてです。
日本にはすでに、一般社団法人日本林業技術協会が認定する「林業技士」をはじめとする各種技術資格や、森林組合などで施業の集約化や森林経営計画の樹立を担う「森林施業プランナー」など、現場で確固たる信頼を築いてこられた専門資格が存在します。
これらは、山の状態を見極めて、安全かつ適切に木を伐り、育て、持続可能な山づくりを設計するための、現場になくてはならない高度な技術・実務資格です。私たちも各地の森林施設を管理運営する立場として、こうした専門技術を持つ方々に対し、心からの敬意を抱いています。実際、各地のプロジェクトや施設管理の現場では、林業の専門知識や技術を持つ方々と日常的に机を並べ、一緒に仕事をさせていただいています。その協働の積み重ねがあるからこそ、私たちは「施業の専門性」と「事業の企画力」がまったく異なる領域の実力であることを、身をもって実感しています。
森林活用企画士は、そうした既存の技術資格や施業資格と競合するものでも、それらに代わるものでもありません。
決定的な違いは、「担う領域」にあります。
既存の資格が「山をどう手入れし、木材や資源をどう適切に生産・管理するか(施業・技術)」を極める専門性であるとすれば、森林活用企画士が目指すのは、「その森林空間や資源を、観光・教育・健康・企業のウェルビーイングといった多様な社会ニーズと掛け合わせ、どう持続可能な事業として成立させるか(企画・事業開発)」という専門性です。
林業の現場では、植樹や間伐、主伐といった作業の間に、木が育つまでの数十年という長い「見守りの時間」が存在します。スギやヒノキが木材として利用できるようになるまでには40〜50年、間伐を行うにも20〜30年という長い歳月が必要です。この長い年月は、林業という産業の特性上、避けて通ることはできません。
森林活用企画士が企画の対象とするのは、まさにこの「育林期間中の森」をどう活かすかという視点です。伐採や木材販売による収益化とは別の時間軸で、木々が育つまでの長い年月そのものを、自然体験や環境教育、あるいはメンタルヘルス回復のためのフィールドとして活かすことができれば、山に新たな収益と人の流れをもたらすことができます。
林業の現場では、森林組合や、木材の生産に携わる方、山主の皆さんが、日々の経営判断を積み重ねて山を預かっています。その判断に、求められてもいないのに外から口を挟むことは、森林活用企画士の役割ではありません。
出番があるとしたら、地域の中に「これをやってみたい」という想いが生まれ、その想いを持ち寄れる場ができたときです。山を預かる方と、森を社会へ開きたいと考える方が同じテーブルにつき、育林の長い年月も含めて、持続可能な事業としてどう形にするかを一緒に考える。その場に呼ばれて、想いを企画書という動ける形に整える。森林活用企画士は、そのための役割だと考えています。
「森林活用企画士」は、Nature Service が独自に認定する民間資格であり、国家資格でも公的な実務独占資格でもありません。私たちが認定したいのは、肩書そのものではなく、森を舞台に事業を構想し、一本の通る企画書へと落とし込める「事業開発の実践力」そのものなのです。
なぜ Nature Service がこの講座をつくるのか
私たちは、教育を専業とするコンサルティング会社ではありません。全国各地で、実際に森林の現場に立ち、公の施設の管理運営を手がけてきた実践者です。
長野県信濃町では、公設のオートキャンプ場「やすらぎの森オートキャンプ場」の指定管理者として再生に取り組み、妙高戸隠連山国立公園エリアにおいて信濃町と官民共同で法人向け貸切型リモートオフィス「信濃町ノマドワークセンター」を開設・運営してきました。また、長野県売木村の「星の森オートキャンプ場」、栃木県那須塩原市の「鳥野目河川公園オートキャンプ場」、さらには埼玉県秩父郡横瀬町にある「埼玉県県民の森」など、各地で約136ヘクタール(東京ドーム約30個分)に及ぶ森林の指定管理・運営を手がけています。
2013年、私がたった一人で「Nature Service」という構想を立ち上げたとき、手元には大きな資本も実績もありませんでした。あるのは「自然に入ることを、もっと自然にしたい」という純粋な問いとアイデアだけでした。
そこから一人、また一人と志を同じくする仲間が集まり、閉鎖されていた町営キャンプ場の再生や、官民共同でのワーケーションオフィスの開設、指定管理事業の受託など、泥臭い実践を積み重ねてきました。現場では、行政との度重なる協議、地域住民の方々との信頼関係づくり、自然の厳しさと向き合う安全管理、そしてICTを活用した予約・決済のオンライン化など、事業として自立させるための試行錯誤の連続でした。
そうして歩んできた結果、現在ではNPO法人全体の直近の年間経常収益は1.1億円を超える活動規模へと成長しました。会費や寄附金に頼るのではなく、公の施設の管理運営という事業収益を柱に据えながら、社会的価値とビジネスを両立させるソーシャルエンタープライズ(社会的企業)として自立した運営を続けています。この歩みと財務の状況は、内閣府のNPO法人ポータルサイトで公開されている事業報告書等からも、誰でもご確認いただけるようになっています(※直近の確定申告データについても、所轄庁の手続きを経て順次ポータルサイトへ反映されます)。
きれいに整えられた教科書的な理論だけでは、森の事業は動きません。行政が何を求めているのか、地域の合意をどう形成するのか、採算をどう合わせるのか。私たちが10年以上の現場実践を通じて積み重ねてきたその実践知を、体系化して次世代に手渡す場をつくりたい。それが、森林活用企画士を立ち上げた理由です。
講座設計に込めた3つの思想
森林活用企画士の講座は、単に知識をインプットして終わるセミナーではありません。事業を実際に動かすための実力を養う場として、次のような設計を行いました。
あわせて、お伝えしておきたいことがあります。この講座は、「資格を取れば儲かる」「資格を取れば仕事になる」といった短絡的な期待を煽り、資格そのものを売ることで収益を上げようとするものではありません。
私たちが目指しているのは、森を社会へ開くことの難しさと必要性を共有し、認定のあとにも、ともに良い社会を目指して動き続ける仲間をつくることです。講座は、その第一歩だと考えています。
1. 「森林 × MBA型 × AI」というアプローチ
この講座の骨格は、「現場で何が壁になっているのか」を踏まえた上で、ビジネススクールで用いられるような市場分析や顧客理解、収支計画などのフレームワークを用いて事業を構造化します。さらに、企画書の作成やデータ整理に現代のAIツールを実践的に取り入れることで、個人や小規模チームであっても、行政や企業と対等に対話できる精度の企画書を効率的に組み上げる手法を学びます。
2. ゴールは「動かせる事業企画書」を一本つくり上げること
講義を聴いて満足するのではなく、受講生一人ひとりが自分自身のテーマに基づいた「事業企画書」を一本完成させることを最終到達点としています。
提出された企画書は、行政の公開評価点数表をもとにAIが採点し、受講生の中から上位約80%水準を満たしているかを判定します。これは全員に自動で与えられる認定ではありません。だからこそ認定が形骸化せず、社会に通用する価値を保てると考えています。
私たちが受講生に持ち帰っていただきたいのは、資格というラベルではなく、現場で実際に使える企画書と、それを自力で生み出せる実力です。
3. 一度きりで終わらせない、学びと挑戦の環境
企画書の審査に届かなかった場合でも、そこであきらめる必要はありません。私たちは「無料再受講制度」を用意し、納得のいく企画書が仕上がるまで再挑戦できる機会を継続して提供します。
また、講座の受講中および修了後には、受講生同士や講師陣が意見を交わし合えるコミュニティを用意します。事業プランを試すフィールドとして、私たちが運営に関わる実際の森林施設をプロトタイピングの場として活用する道も模索していきます。
学びを一過性のイベントにせず、森に関わり続けるための長期的な生態系をつくること。それがこの講座の目指す姿です。
森のソムリエという呼び名について
私たちは企画の構想段階で、この役割を親しみを込めて「森のソムリエ®」と呼んでいました。ワインの個性を理解し、料理や飲む人に合わせて最高の形で届けるソムリエのように、森の個性を見極め、社会のニーズに合わせて届ける人。その本質を分かりやすく伝えるための愛称でした。現在、公式の名称は「森林活用企画士®」に一本化していますが、森の魅力を引き出して誰かに届けるという根底の姿勢は、いまも変わっていません。
まだ答えは出ていません
冒頭にお伝えしたとおり、この講座にはまだ修了生がいません。
私たちがいくら「現場の実践知を体系化した」「事業を動かす企画書がつくれる」と語ったところで、それが本当に社会の役に立つのかどうか、真の答えはまだ出ていません。
その答えを出すのは、これからこの講座に飛び込んでくださる第一期生の方々であり、その方々が各地の森で生み出していく具体的な事業の結果です。
私たちは、受講生をお客様として迎えるつもりはありません。ともに悩み、ともに企画を磨き、日本の森林に新しい価値を生み出していく「最初の仲間」としてお迎えしたいと考えています。
修了生たちが各地で確かな成果を残し、その姿を見て「自分も森林活用企画士になりたい」と次世代が集まってくるような、誇りあるコミュニティを育てていくこと。それが、この事業の本丸であり、私たちが目指す未来です。
もし、森に関わりたいという静かな情熱をお持ちで、それを社会を動かす確かな力に変えたいと感じておられるなら。まだ何も実績のないこの場所から、最初の一歩をともに踏み出していただけたら嬉しく思います。
講座の詳しい背景や現在の状況については、公式ページにまとめております。ご関心がありましたら、ご覧いただければ幸いです。
森林活用企画士 公式ページ
https://frps.natureservice.jp/

NPO法人 Nature Service 共同代表理事
自然大好きで気の合う仲間達とNature Serviceを立ち上げました。北極から南極、アメリカ横断、アフリカ、北欧、オセアニア、南米などいろいろな自然を求めて旅しています。自然好きですが虫キライです。