人と一緒にギアを作るとき、権利はどちらのものになるのか。弁理士法人IPXの代表弁理士・奥村光平氏は「割とどの業界でもあるあるです」と答え、話が発注する側と作る側の認識の違いに及ぶと、まず最初に決めておくことだと念を押した。
2026年8月には、焚き火台の共同開発をめぐる行き違いがSNSで表に出た。ギアの見た目は何で守られるのか。人と一緒に作るなら、作る前に何を決めるのか。権利を取っていない形や、権利が切れた形はどうなるのか。奥村氏に聞いた。
※この記事は、キャンプ場のリアルな経営ノウハウに迫る【キャンプ場経営の実学】シリーズの特集記事です。
※キャンプ場とキャンプギアの知財の基本を弁理士に聞く【全2回】の後編です。前編ではキャンプ場の名前とロゴ——商標を扱いました。

奥村 光平(おくむら・こうへい)
弁理士法人IPX 代表弁理士 COO/CTO。博士(情報理工学)。
第1章:意匠の実学——機能で決まる形と、決まらない形
ギアの見た目を守る制度は意匠である。
ただし、物の形には機能で決まる部分がある。ペグの先端は尖っていなければ刺さらない。意匠法は、物品の機能を確保するために不可欠な形状だけからなる意匠を、登録を受けられない意匠としている[1]。登録された意匠と似ているかどうかは、需要者が見たときの美感で判断され、機能上どうしてもそうなる部分は、判断の中心になりにくい。
商標はブランド、意匠はデザイン
——新しいギアを作りたいとき、どういう観点で考えればよいのでしょうか。
奥村:これは意匠権の話です。商標がブランドを守る制度なのに対して、意匠は物のデザインを保護する制度です。ギアなら、まずその物の形を見るわけです。サービスの名前などは商標で、ギアの形は意匠、と考えると分かりやすいですね。なお、意匠は物だけでなく、建物や内装、一定の画像も対象です。
キャンプ場の名前は商標。ギアの形は意匠。先に覚えるのは、この切り分けで足りる。
事例を読む:子ども用椅子「TRIPP TRAPP」の最高裁判決(2026年)
物の形を著作権で守れないか、と考える人もいる。2026年4月24日、最高裁判所は、子ども用の椅子「TRIPP TRAPP」をめぐる訴訟で、量産される実用品の全体または部分の形でも、観念上、機能に由来する構成とは別に、思想または感情の創作的な表現として把握できる場合(たとえば、全体を彫刻のように見ることができる場合)には、美術の著作物に当たるという考え方を示した。そのうえで、この椅子の形は子ども用の椅子としての機能に由来する構成としてしか把握できないとして、著作物には当たらないと判断した[2]。量産するギアの形は、まず意匠で守るものと考えておくほうが現実的である。
ペグの先端だけでは決まらない——「要部」という考え方
——ペグのように、そうでないと使えない形もありますよね。先端が尖っている、といった部分です。
奥村:物の形には、当然、その機能を実現するために必要な部分があります。杭の先端は、地面に刺すために尖っていますよね。そういう当たり前の部分は、似ているかどうかの判断で重みが小さくなりやすい。そこではない特徴的なところも見るわけです。
登録は全体で取る場合も、一部分で取る場合もあるんですけど、似ているかどうかの話になってくると、「ここは要部ではない」という言い方をします[3]。ここは当たり前の部分だから、それ以外の特徴的なところをよく見よう、という形になります。ただ、その部分だけでなく、全体の見た目も踏まえて判断します。
焚き火台の穴は、論点になり得る
——焚き火台で言うと、下の天板や、火の粉が飛ばないようにする横の壁があること自体は、機能として必要ですよね。一方で、横に開いた穴の形は論点になりそうです。風を送るために穴は必要でも、形はいろいろ考えられるので。
奥村:そうですね。この全体の形状が、この形である必要は多分ないです。
——横の部分が少し違っても、見た目は完全に似ている、ということはあるんですね。
奥村:意匠権侵害になり得ますね。ちょっと、この例で言い切らない方がいいとは思いますけど。
設計する側から見ると、この考え方は指針になる。機能で決まる部分に独自性を求めても、権利としては残りにくい。機能で決まらない部分に入れた造形が、似ているかどうかの判断で効いてくる。

第2章:期限の実学——権利が切れた形は、どうなるのか
意匠にも特許にも期限がある。商標は更新で続く。期限が切れた形、あるいは最初から権利を取っていない形が、それで自由になるかというと、そうとも言い切れない。不正競争防止法で守られる場合もある。ただし奥村氏は、後からその制度だけを頼りにするのではなく、先に権利を取っておきたいと説明した。
特許20年、意匠25年、商標は登録から10年、その後も更新
——権利には期限があるのでしょうか。
奥村:特許と意匠には期限があります。原則として、特許は出願から20年、意匠は出願から25年です。商標は登録から10年で、その後も10年ごとに更新できるので、更新し続ければ続いていきます[4]。
商標は更新で維持できるという違いは、事業の設計に影響する。ブランド名は更新を続ければ権利を保てるが、物の形は期限が来れば、その意匠権では守れなくなる。ただし、他の権利や不正競争防止法で守られる場合はある。
不正競争防止法だけを、最後の頼みにしない
——ペグの裁判は、意匠権ではなく不正競争防止法で争われていますね。
「後から不正競争防止法に頼るだけにならないよう、先に権利を取っておきたいですね」
― 奥村光平氏
この「広く知られた形」の保護を受けるには、その形が自社の商品を示すものとして広く知られていることを、主張する側が示さなければならない。形に知名度があること自体の立証から始まる。なお、これとは別に、商品の形の模倣を規制する仕組みもある[5]。
5年5か月かかった裁判
取材で編集部が例に挙げたのは、テント用ペグの形をめぐるSnow Peakと山谷産業の訴訟である。
事例を読む:テント用ペグをめぐるSnow Peakと山谷産業の訴訟
Snow Peakは2020年11月9日、自社の「ソリッドステーク」と山谷産業の「エリッゼステーク」について、不正競争防止法に基づく差止めと損害賠償等を求めて提訴した。東京地裁は2024年7月5日に請求を棄却し、知財高裁も2025年5月29日に控訴を棄却した。2026年4月8日、最高裁が上告を棄却し、上告受理申立てを不受理としたことで確定している。提訴から確定まで、約5年5か月である[6]。
ソリッドステークは1995年、エリッゼステークは2013年から販売されたと、裁判資料等に記録されている。ソリッドステークに関する意匠権は、エリッゼステークの発売前の2012年に、存続期間の満了で消滅していた。
この確定について、商品の形をまねること一般が認められた、という読み方は成り立たない。最高裁は上告を退けたもので、商品の形について新しい判断基準を示したわけではない。事案ごとに要件の当てはめが判断された結果である。

第3章:契約の実学——作る前に、権利の帰属を決める
発案した人と、実際に形にした人が違うとき、権利はどちらのものか。奥村氏はまず、この論点がキャンプ業界に固有のものではないと断った。
発案した人と、作った人
——人と一緒にギアを作るとき、権利はどちらにあるのでしょうか。
奥村:これは割とどの業界でもあるあるです。発案した人、コンセプトを考えた人が、受注開発をやってくれるところに依頼して作らせる。その知財がどちら側にあるか。そこは最初に契約するとき、最初に話すときに決めます。
——作る側は受注生産のつもりで、形状違いやサイズ違いは自社でも作りたい。依頼した側はそう思っていない。そこを最初から握っていたかどうか、という話ですね。
奥村:これは結構ある話です。うちのお客さんでもこういう相談はありました。最初に詰めるやつで、ここを曖昧にしたら、後で大揉めします。
焚き火台の共同開発で、何が食い違ったのか
事例を読む:焚き火台の共同開発をめぐる行き違い(2026年8月、報道より)
2026年8月17日、タレントのヒロシ氏が、焚き火台の制作をめぐるメーカーとの経緯をXで公開した。翌18日には、焚き火台メーカーの笑’s(SHO’s)が公式Xで、相手の名前を挙げずに経緯を説明した。日刊スポーツやJ-CASTニュースは、二つの投稿を同じ件として伝えている[7]。
報道された双方の説明では、依頼があり、試作が進み、契約書で折り合わず、メーカーが自社ブランドで販売した、という大枠は重なる。食い違っているのは中身である。
| 論点 | ヒロシ氏側の説明(報道) | 笑’s側の説明(報道) |
|---|---|---|
| 誰が形を作ったか | 作りたい具体的な形を提示した | コンセプトは受け取ったが、構造とデザインは約3か月かけて自社で考えた |
| 「同じものは作らない」 | 同じものを作るなら辞めると伝え(本人は「3回伝えた」と投稿)、同じものは作らないと約束を得たので制作を続けた | 全く同じ物は作らない。サイズ違い等は自社でも作ると伝えていた(依頼側からはサイズ違いや材料違いも不可と言われた) |
| 契約書 | 完成後、メーカーも同じものを作る話が出た | 知的財産権と図面まで依頼側に帰属すると書かれており、同意できなかった |
| 費用 | ― | 設計料、デザイン料、試作料は受け取っていない |
メーカー側は、請書にサインをもらって材料を発注したあとで改めて契約書を求められたこと、材料が発注済みだったため改良を加えて自社で販売したことも説明している。その後、笑’sは8月26日の投稿で、契約交渉で受け入れられなかった一番の理由として、著作者人格権などを行使しないこと、その対価を製造委託料に含むことを定めた条項を挙げた[7]。LINEのやり取りや契約書の案は公開されておらず、この記事では、どちらの説明が正しいかを判断しない。奥村氏にも、この件の是非ではなく、共同開発で権利の帰属が問題になる一般的なパターンを聞いている。
共同開発の一般論として、決めておくべきことはここにある。依頼する側は、自分の考えた品を自分のブランドだけで売りたい。一方、作る側は、設計した構造を自社でも使いたい。そうした前提のずれが起こり得る。ただし、この事例の当事者が何を想定し、何を合意したかは公開資料だけでは断定できない。製造業では、OEM(相手先のブランドで製品を製造すること)、ODM(設計から製造までを請け負い、相手先のブランドで納めること)と呼ばれる取引があるが、その呼び方だけで権利の帰属や独占販売の範囲は決まらない。最初の見積もりと試作の前に書面で決めておかなければ、後から双方が自分の仕事だと言い出しかねない。「同じもの」という言葉も、寸法まで同一のものを指すのか、構造を流用したサイズ違いまで含むのかで、意味が変わる。

契約は、書面がなくても成立し得る。ただ、請書に仕様と対価と納期しか書かれていなければ、知的財産の帰属や、派生品を誰が作れるかは、その書面だけでは合意内容が分からない。法律上のルールもあるが、双方の認識をそろえて書面に残しておきたい。
先に契約を整えた、金型メーカーの例
事例を読む:共同開発の前に契約を整えた金型メーカー(青森県五戸町)
共同開発の前に契約を整えた例もある。青森県五戸町の株式会社サンライズエンジニアリングは、プレス金型の設計・製作を本業とする会社で、2019年6月から、金型と加工技術を生かしたキャンプ用品の開発・製造に取り組んでいる。最初はキャンプ用品に使う商標の相談からINPITの知財総合支援窓口とつながり、特許や意匠、営業秘密について説明を受けた。調理用鉄板や煙突用笠、ペレットコンロなどの意匠では先行調査と出願書類の作成について支援を受け、2024年1月時点で、特許出願2件、意匠の自社出願12件、商標の自社出願1件について支援を受けている。県内のものづくり企業と共同開発をする際には、秘密保持契約書と共同研究契約書の作成も支援を受けた[8]。
著作権の譲渡と、著作者人格権を「行使しない」という約束
奥村氏は、自分の事務所で進めている制作を例に挙げた。
奥村:うちでは最近、知財の簡単な漫画を作ろうという計画があります。漫画家さんに、私などが出てくる知財の漫画を作ってもらって、いろいろな人に配ろうと思っています。それを作ってもらう際に、著作権は譲渡してくださいということは、ちゃんと言いました。あと、著作者人格権というものがあるんですけど、著作者人格権は行使しないでくださいと[9]。
著作者人格権だけは、ある意味最後の砦のように著作者に残るんです。著作権は渡したけど、その内容を勝手に改変されたくない、自分の名前をきちんと表示してほしい、といったことに関わります。普通はそんなことはしないんですけど、そういうものを最初に契約で決めます。向こうもそういう話には馴染みがあるので、「分かります、大丈夫です」という感じでした。
外部のデザイナーやクリエイターに依頼する場面でも、こうした権利の扱いを決めておきたい。著作権は譲渡を受け、譲渡できない著作者人格権は行使しないことを契約で定める方法がある。ただし、すべての依頼で必要というわけではなく、必要な範囲で利用を認めてもらう方法もある。著作権の譲渡では、翻案などの権利(著作権法27条・28条の権利)も譲渡の対象だと明記しておかないと、譲渡した側に残ると推定される[10]。
作る前に決める項目
口約束は、あとから双方の記憶が割れる。「同じものは作らない」と言ったかどうか、試作費や設計料をどう扱うつもりだったか。こうした合意は早い段階で確かめておきたい。
書面にしておく項目は、基本的には次のようなものがある。取引によって追加の検討も必要になる。
- 意匠や特許の権利を誰が持ち、誰の名義で出願するか(発明・創作した人も確認する)
- 図面や3Dデータの帰属
- 金型の所有
- 誰が設計し、派生品を誰が作れるか
- 「同じもの」の範囲(寸法まで同一か、サイズ違いや素材違いを含むか)
- 試作費や設計料の負担と、採用しなかったときの扱い
- 商品名とロゴの権利
- 同じ工場から他ブランドへ出さない範囲
- 秘密保持
- 著作権の譲渡または利用許諾と、著作者人格権の扱い
- 話がまとまらなかったときの、図面・金型・在庫の扱い
試作段階でも、外部に公開する前に特許・意匠の出願の要否を確認する。
第4章:国境の実学——「設計図を渡してしまうわけですから」
生産を海外の工場に出し、日本で売る。キャンプギアでも見かける構成だが、知財の観点では、ここに前提の食い違いが生じやすい。特許・意匠・商標の権利は基本的に国や地域ごとに取るものであり、日本で取った権利は原則として日本の外では効かない。そして生産委託は、形の情報を相手に渡す行為でもある。
特許・意匠・商標は、基本的に取った国で守る
共同開発の話の続きで、奥村氏はこう切り出した。
奥村:これのひどいバージョンで、海外への受注開発で、権利や契約の備えがなくて困るというのはあります。日本で権利を持っていなくて、現地ではよく似た商品が作られ、さらに別の業者がそれを輸入して日本でも売り出していて、本人は権利を持っていない。どうすればいい、となると結構きついです。次に新しい商品を作るタイミングで、ちゃんと権利を取りましょう、という話になります。もちろん、今の問題にも不正競争防止法や契約で対応できないか、まず確認します。
——その権利は、日本国内でしか通用しないんですか。
奥村:基本的にはそうです。日本の特許権・意匠権・商標権は原則として国内でしか通用しないので、海外でも販売したりするなら、どの国で権利を取って守るかも考える必要があります。
——生産地が中国、販売地が日本、というのはよくありそうです。物の形なら意匠権、技術なら特許というように、備えを考えるのですね。
奥村:そうですね。日本への輸入や販売には、日本の権利で対応できる場合もあります。中国の生産が安いからというのは、結果的に安くない可能性があります。
「設計図を渡してしまうわけですから」
― 奥村光平氏
知財制度があるからこそ、先回りした出願にも注意
——中国に限った話ではないですよね。
奥村:ベトナムでもどこでも同じです。中国にもベトナムにも知財制度があります。制度を知っている相手に、先回りして出願される可能性も考えておきたいんです。「これ、権利を取ろう」となってしまうと最悪です。渡したものを少し変えて、少し変えて、よく似たものを出願され、権利化をめぐって争いになることもあります。
制度が整っていない国ほど危ない、と考えがちだが、制度がある国でも、渡した図面をもとに先に出願されるリスクは考えておきたい。委託先を選ぶときに見るべきなのは、相手国の制度の有無だけではない。委託先の信用や契約、自社が先に権利を確保できているかも確認する。
国をまたいで手続きをまとめる仕組み
——知財の世界で、国をまたいで共通の仕組みはあるのでしょうか。たとえばEUなら統一されている、というような。
奥村:世界共通の一つの特許があるわけではありません。手続きを簡略化する制度はあります。欧州には欧州特許庁があって、そこに出すと一括で審査してくれます。ただ、特許になった後、どこの国で登録しますかというのは、国ごとに選ぶ方法のほか、参加するEU加盟国で効力をまとめる「単一効特許」もあります。費用もかかります。審査だけ全部まとめてやって、ドイツやフランスなどに向けた特許を取得する仕組みです。ただ、EU全域で自動的に効くわけではありません。
欧州では、欧州特許庁で特許になったあと、参加するEU加盟国の範囲で一つの効力を持たせる「単一効特許」も選べるようになっている。更新の手数料も欧州特許庁にまとめて納める[11]。
奥村:外国での審査結果を参照させる制度もあります。特に東南アジアで多いです。例えばベトナムで権利を取るときに、手数料がかかるんですけど、日本の審査結果を付けて、「日本で取れています」と示し、ちゃんと審査がある国のものを参考に審査してもらう制度があります。
シンガポールは参照させても独自の審査で返ってくることがあります。しかも結構際どいものが来るので、「シンガポール、さすがだな」「こんなの見つけてきたな」と思うことがあります。
「どの国で売るか、作るか」が、「どの国で取るか」を考える出発点になる。手続きや効力をまとめる仕組みはあっても、権利を持つ国を選び、その分の費用を見込むことに変わりはない。

第5章:備えの実学——記録を残す意味と、頼る先
最後に、権利を取る前の段階と、争いが始まってしまった段階の話を聞いた。前者では記録が効く。ただし奥村氏は、それを本筋として勧めなかった。後者では、弁理士と知財に詳しい弁護士の連携が重要になる。ここにも条件が付く。
実験ノートと先使用権
——作った記録を取っておくことは、ギアにも関係ありますか。
奥村:あります。まずは意匠登録する、特許を出すことを考えたいですが、その前段階として、いつ発案して、どう検討したかという実験ノートのようなものをちゃんと取っておくことです。万が一、相手の特許や意匠を侵害してしまったときに、相手が出願するより前に、うちは自分で考えて、具体的に事業の準備まで進めていたんです、と言える可能性があります。そうした条件を満たすと、一定の範囲で事業を続けられることがあります。これを先使用権と言います[12]。
ただ、これの立証は結構大変です。発案していたけど、今の形態と少し違うじゃないか、と言われると厳しいです。どんな発明やデザインで、相手の出願より前にどこまで事業の準備をしていたか、という記録が大切です。プロトタイプの記録だけでなく、製造や販売の具体的な準備も確認します。先使用権が認められれば、認められた範囲では事業を続けることができ、損害賠償や差止めへの対抗策になります。ただ、先使用権に頼るのはあまりよろしくありません。
——立証は大変で、使うとしたら裁判の場ですよね。費用もかかります。
奥村:そうです。訴えられたときの対抗策です。ちゃんと先使用権があります、いつからやっていました、と言うためのものです。弁護士費用は当然かかるでしょうね。
記録に意味はあるが、登録の代わりにはならない。
意匠を出願・登録している作り手
事例を読む:ガレージブランドの意匠登録(サンゾー工務店)
本筋の意匠登録を、小さなブランドが実際に取っている例もある。焚き火台などで知られるガレージブランドのサンゾー工務店(販売:株式会社DON’T THINK FEEL)について、J-PlatPatでは、代表の榊原篤史氏と三浦蔵人氏を権利者とする「焚き火台」の登録意匠(意匠登録第1716390号)を確認できる[13]。第3章で紹介した金型メーカーも、意匠の自社出願12件について支援を受けている。
公報を見れば、どんな形が登録されているかは誰でも確認できる。作ろうとしている形に近い登録がないかを調べることも、作る前の作業に入る。
弁理士と弁護士——予防医療と治療
奥村氏は、弁理士と弁護士の違いを医療にたとえた。
奥村:医者で言うと、予防医療と、病気になってからの対応、というイメージです。先に対策しておきましょう。争いが起きてしまったら、知財に詳しい弁護士とも連携して対応しましょう。
「予防医療が我々です」
― 奥村光平氏
ただ、弁護士も誰でもいいわけではなくて、ちゃんと知財に詳しい人に頼む必要があります。弁護士さんも領域が広いので。知財に詳しい弁護士を探すのが大変だったら、喧嘩のときも弁理士に頼んでいいです。うちも、知財にかなり強い弁護士と組んでいます。
争いが始まってからでも、入口は弁理士でよい。相談先が分からないことを理由に動かないのが、避けたい状態である。
最初の一歩
——これから何かを始める人が、最初にやるべきことは何でしょうか。
奥村:知財も経営上のリスクの一つなので、よりリスクの少ない経営をしましょう。まずはこれです。
嫌じゃないですか、リスクって。予防医療みたいなものです。リスクはできるだけ減らしておいた方がいい。
「後から対応するより、先にリスクを減らす方が安く済むことも多いです」
― 奥村光平氏
【総括】明日から活かせる「作る前に決める」3つの鉄則
前編と後編を通して、奥村氏の話は一点に戻り続けた。あとから取り返すより、先に決めておく方が安く済むことが多い。ギアと契約について、今日から使える3点をまとめた。
作る前に、書面で帰属を決める 発案した人と形にした人が違う場合、法律上のルールはあるが、双方の思い込みが食い違いやすい。誰が発明・創作し、意匠や特許の権利を誰が持ち、誰の名義で出すか、図面と金型、「同じもの」の範囲、設計の担い手と派生品の扱い。相手が有名人でも、長い付き合いの取引先でも、合意は書面に残す。
機能で決まらない部分に、独自性を置く 機能を確保するために不可欠な形状だけでは意匠登録できず、似ているかどうかの判断でも、機能上どうしてもそうなる部分は中心になりにくい。一方で、意匠権は登録した意匠だけでなく、それに類似する意匠にも及ぶ。造形のどこを独自にするかを、作る前に決めておく。
売る国ごとに、権利を取る場所を決める 特許・意匠・商標は、基本的に取った国や地域で通用する。欧州の単一効特許のように手続きや効力をまとめる仕組みはあるが、どの国で権利を持つかは、売る国と作る国に合わせて選ぶことになる。渡した図面から先に出願されるリスクもあるので、委託先や契約も確認したい。生産委託の単価だけで判断すると、結果的に高くなることがある。
【編集後記】業界の外では、当たり前だったこと
共同開発をめぐる一件がSNSで広がったとき、そんなことで揉めるのか、という冷ややかな反応も見かけた。ものづくりを発注する立場の人にとって、権利の帰属を先に決めるのは手順のひとつである。奥村氏の「割とどの業界でもあるあるです」という一言も、その温度だった。
コロナ禍の間にキャンプ場が増えたという声は、日本オートキャンプ協会が全国のキャンプ場に行ったアンケートでも、運営者から複数挙がっている[14]。ギアの側でも、異業種から参入した事業者や、趣味の延長で商品を作り始めた個人、店舗運営からギア開発に広げた施設を、この数年で多く見てきた。それぞれが持ち込んだ知識の範囲はばらばらで、ものづくりの発注に関する作法が業界の中で共有される前に、商品の数が増えた、というのが編集部の見立てである。だから、外では当たり前のことが、内では初めての論点として現れる。
前編で奥村氏は、知財が知られていないことを弁理士の側の責任も大きいと言った。後編で見えたのは、その反対側の景色である。知財は、ものを作って売る人が普通に踏む手順の一部だった。順番を思い出すだけで避けられる事故が、まだかなり残っている。
【事務所情報】弁理士法人IPX
奥村氏は、知的財産を身近に伝える情報発信にも取り組んでいる。既存の依頼と利益が対立しないかを確かめるコンフリクトチェックがあるため、相談前に対象分野を伝えておくとやり取りが早い。争いになった場合に備えて、IPXは知財に強い弁護士とも組んでいる。
- 事務所への相談: 弁理士法人IPX(問い合わせフォームあり)
- ラジオ番組: 弁理士おっくんのアイデア革命
- 弁理士おっくんYouTubeチャンネル: @okkun_benrishi
- 弁理士法人IPX 公式YouTubeチャンネル: @ipx_channel
【Q&A】ギアの開発と権利、3つの疑問
本記事の内容を踏まえ、読者から寄せられそうな質問にOUTSIDE WORKS編集部が回答します。
Q1. すでに試作が進んでいます。今から契約を持ち出しても間に合いますか。
A1. 今からでも、まず話し合いましょう。ただし、特許や意匠は、売る前でも公開してしまうと取れなくなることがあります。契約の話と並行して、公開前の出願も確認してください。後になるほど双方の期待が固まり、折り合いにくくなります。本文第3章の「作る前に決める項目」のうち、少なくとも権利を持つ人と出願する人、図面や3Dデータ、金型、「同じもの」の範囲について、自分の認識を書き出して相手に示し、一致しているかを確かめるところから始めてください。ここで食い違いが見つかるなら、量産の前に見つかったことになります。
Q2. 海外の工場に生産を出す前に、何をしておけばよいですか。
A2. 図面を渡す前に、秘密保持と、委託先が図面をもとに権利を出願しないこと、同じ形の商品をほかに売らないことを契約で定めておきます。あわせて、売る国と作る国を決め、どの国・地域で、意匠、特許・実用新案、商標などの権利を取得するかを弁理士と検討してください。日本で先に出願していれば、パリ条約の優先権を主張して、意匠と商標は6か月以内、特許は12か月以内に外国へ出願することで、日本での出願日を基準にした扱いを受けられます[15]。
Q3. 作ろうとしている形に近い登録意匠があるか、どう調べればよいですか。
A3. J-PlatPatの意匠検索で、物品の名前や日本意匠分類から公報を探せます。INPITは、画像から意匠公報を探す検索支援ツールも公開しています。ただし、似ているかどうかは目を引く特徴や全体の見た目で判断され、部分意匠では登録された部分の確認も必要なため、近いものが見つかった場合も見つからなかった場合も、出願や販売の前に弁理士に確認してください。
奥村光平氏|プロフィール
弁理士法人IPX 代表弁理士 COO/CTO。博士(情報理工学)。経歴は前編のプロフィールを参照。
前編:キャンプ場の名前、商標登録は大丈夫?看板より先に調べる方法を弁理士・奥村光平氏に聞く
注釈・参照資料
[1] 意匠法5条3号は、物品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠を、意匠登録を受けることができない意匠としている。登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かは、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて判断する(同法24条2項)。 ↩ 本文へ
[2] 最高裁判所 令和8年4月24日判決(令和7年(受)第356号)。本件の上告は棄却された。https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95904.pdf ↩ 本文へ
[3] 要部——意匠が似ているかどうかを判断するとき、需要者の注意を引きやすい特徴的な部分を中心に見る。この中心となる部分を要部という。機能上どうしてもそうなる部分や、ありふれた形は、要部になりにくい。ただし、機能に関係する部分を一律に除外するわけではなく、特徴的な部分を踏まえつつ全体として判断する。部分意匠では登録部分の形状や位置なども踏まえる。なお、意匠権の効力は、登録意匠と同じ意匠だけでなく、類似する意匠にも及ぶ(意匠法23条)。 ↩ 本文へ
[4] 特許権の存続期間は原則として出願の日から20年、意匠権は現行法では原則として出願の日から25年。商標権は設定登録の日から10年で、その後も所定の手続きにより10年ずつ更新できる。権利は設定登録により発生し、維持には所定の料金納付が必要である。旧法の適用や延長、関連意匠などの例外がある。 ↩ 本文へ
[5] 不正競争防止法2条1項1号——他人の商品等表示(商品名、包装、容器など)として需要者の間に広く認識されているものと同一または類似の表示を使い、他人の商品または営業と混同を生じさせる行為を不正競争とする規定。この規定による形の保護には、商品の形そのものが商品等表示として広く知られていることなどを示す必要がある。別に、同項3号は商品の形態を模倣した商品の販売等を規制しており、原則として日本国内で最初に販売した日から3年という制限などがある。 ↩ 本文へ
[6] 東京地方裁判所 令和6年7月5日判決(令和2年(ワ)第28384号)https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-93417.pdf 、知的財産高等裁判所 令和7年5月29日判決(令和6年(ネ)第10067号)https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-94234.pdf 。上告審までの経過は、Snow Peak「訴訟の判決及び控訴の提起に関するお知らせ」(2024年7月17日)、山谷産業「対スノーピーク訴訟における当社勝訴判決の確定に関するお知らせ」(2026年4月13日)による。 ↩ 本文へ
[7] 日刊スポーツ(2026年8月19日)、J-CASTニュース(同日)、サンケイスポーツ(同日)ほかの報道による。8月26日の笑’sの投稿は、週刊女性PRIME(2026年8月26日)の報道による。双方の説明は報道時点のもの。https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202608190000595.html / https://www.j-cast.com/2026/08/19517229.html / https://www.sanspo.com/article/20260819-O7GB2XLQZRG5TISRDTXZLQGQSM/ / https://www.jprime.jp/articles/-/43265 ↩ 本文へ
[8] INPIT知財ポータル「知財を活用したキャンプ用品開発」(2021年5月掲載、2024年1月時点の成果を含む)。https://chizai-portal.inpit.go.jp/supportcase/2021/05/post-992.html ↩ 本文へ
[9] 著作者人格権——公表、氏名の表示、内容の同一性について、著作者の人格的な利益を守る権利。著作権とは別で、譲渡できない。このため発注側が改変を予定している場合は、契約で「行使しない」と定めることがある。 ↩ 本文へ
[10] 著作権法61条2項。翻訳・翻案などの権利(27条)と、二次的著作物の利用に関する権利(28条)が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は譲渡した者に留保されたものと推定される。 ↩ 本文へ
[11] 欧州特許庁(EPO)の単一効特許の説明ページによる。単一効は、欧州特許の付与後に、強化協力に参加し統一特許裁判所協定を批准したEU加盟国の範囲で求めることができ、更新手数料は欧州特許庁に納める。https://www.epo.org/en/applying/european/unitary/unitary-patent/features ↩ 本文へ
[12] 先使用権——他人の出願内容を知らずに独自に発明・創作し、その出願時に日本国内で事業として実施していたか、具体的な事業の準備をしていた場合などに、一定範囲で実施を続けられる権利(特許法79条、意匠法29条)。思いつきや検討の記録だけで認められるわけではなく、発明・創作の内容や事業の実施・準備を示す資料などが必要になる。 ↩ 本文へ
[13] J-PlatPat 意匠登録第1716390号(物品:焚き火台、出願2021年9月16日、登録2022年5月24日)。公報に商品名の記載はない。 ↩ 本文へ
[14] 日本オートキャンプ協会「令和7年度:キャンプ場運営見通し・方針アンケート」(2025年5月20日掲載)の回答者の声による。https://www.autocamp.or.jp/post-20066/ ↩ 本文へ
[15] パリ条約4条。優先期間は、特許と実用新案が12か月、意匠と商標が6か月。特許庁「パリ条約」https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/paris/patent/chap1.html ↩ 本文へ
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本記事は一般的な情報提供であり、個別の事案についての法的助言ではありません。記事中の係争事例について、当事者の行為を評価するものではありません。実際の判断は、弁理士等の専門家に相談してください。

株式会社Okibi代表。
アウトドア業界のDX推進や事業支援を手がけ、キャンプ場運営やWebメディア 「OUTSIDE WORKS」 を運営。さらに、キャンプ場のデジタルツイン化を実現する 「キャンビュー」 を開発し、アウトドア体験の革新に取り組む。
業界の発展と新しい価値創出を目指し、挑戦を続けている。