「ネイチャーポジティブ」という言葉を、最近よく耳にするようになりました。2030年までに生物多様性の損失を止め、自然を回復の軌道に乗せる。国の戦略にも掲げられ(環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」, 2024)、企業の統合報告書にも並ぶようになった言葉です。
ただ、いざ「自分たちは何をすればいいのか」と考えると、急に足元が見えにくくなります。植林でしょうか。寄付でしょうか。それとも情報開示でしょうか。どれも間違いではないけれど、「自然とちゃんと関われている」という手応えは、なかなかつかみにくいものです。
2026年5月、埼玉県県民の森で、その手応えを探るような一日がありました。NTT東日本 埼玉事業部の社員研修です。Nature Serviceが指定管理者を務めるこの森に約20名の社員の方々が集まり、午前は森林の手入れ、午後は座学とフィールドワークに取り組みました。この記事では、その一日を入り口に、企業が森とどう関われるのかを、読者のみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

「木を切る」は、自然破壊なのか
午前中、参加者のみなさんは近隣の森で間伐を体験しました。チームごとに木を伐り、伐った木はその場に残す。たしかに汗をかき、体も動かした。けれど研修を企画した担当者の方が、こんな趣旨のことを話していました。「肉体労働で森を手入れした気持ちにはなる。でも、これが生物多様性とどうつながっているのかは、正直まだ腑に落ちていない」。
とても誠実な疑問だと思います。私たちはどこかで、「自然は手をつけず、そっとしておくのが一番いい」と感じています。だとすれば、木を切る作業はむしろ自然を傷つけているのではないか。それに、田舎に行けば放置された山はいくらでもある。あれで十分、生き物は豊かなのではないか。そう感じても不思議ではありません。
午後の座学は、まさにこの問いから始まりました。
放置でも、使いすぎでもダメ
結論から言えば、自然にとっては「使いすぎ」も「放置」も、どちらも問題になりえます。
ひとつは過剰利用、いわゆるオーバーユースです。開発で森を切り拓きすぎる。魚を回復が追いつかない速さで獲りすぎる。マングローブ林を切り払ってエビの養殖池にする。資源を持続可能でない形で使えば、自然はやせ細っていきます。ここまでは、多くの人がイメージしやすいでしょう。
わかりにくいのは、もうひとつのほう。一見すると自然にやさしそうに見える「放置」、つまりアンダーユース(過少利用)です。
かつて日本の人々は、森から薪を採り、落ち葉を集めて肥料にし、下草を刈って暮らしてきました。人が森に手を入れることで、結果として森に適度な「すき間」が生まれ、明るい場所を好む植物や、その植物に集まる生き物の居場所が保たれてきた。人の営みのために手を入れていたら、それが自然にとっても良かった。これが「里山」と呼ばれる関わり方です。人と自然が折り合う知恵として、いまや「SATOYAMA」は国際的にも知られる言葉になりました。
ところが石油や化学肥料が普及し、薪も落ち葉も使われなくなると、森から人の手が引いていきます。すると何が起きるか。
自然は放っておくと、一定の方向へ変化していきます。裸地から草地へ、やがて明るい陽樹の林になり、最後は日の差し込まない暗い陰樹林(極相林)へ。たどり着いた森は安定して見えますが、そこで暮らせる生き物の種類はぐっと限られます。森の中にぽっかり開けた草地も、適度に伐られて若返る木立も、消えていく。環境が一方向に偏り、単一化していくのです。
生物多様性は、環境の多様性に支えられています。日向と日陰、乾いた場所と湿った場所、若い森と古い森。さまざまなタイプの自然が混じり合っているからこそ、さまざまな生き物が暮らせる。「放置でも、使いすぎでもダメ」というのは、このバランスのことを指しています。
自然が、私たちに差し出しているもの
座学では「生態系サービス」という考え方も紹介されました。自然が私たちの暮らしに、対価を求めずに差し出してくれている恵みのことです。大きく4つに整理されています(環境省「生物多様性国家戦略2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~」, 2023)。この分類はもともと、国際的な評価であるミレニアム生態系評価(2005年)で示されたもので、日本でも生態系サービスの状態が定期的に評価されています(環境省「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021(JBO3)政策決定者向け要約報告書」, 2021)。
なお近年は、この生態系サービスという考え方そのものを国際的に見直す動きも進んでいます。IPBESは、自然が人にもたらす恵みを物質的・調整的・非物質的の3つにとらえ直す「自然がもたらすもの(NCP: Nature’s Contributions to People)」という枠組みを提唱しています(IPBES地球規模評価報告書 政策決定者向け要約 日本語版, IGES, 2020 / 環境省「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)参考資料編」, 2025)。
1つめは供給サービス。食べ物や水、木材など、わかりやすい「モノ」の恵みです。
2つめは調整サービス。気候をやわらげ、災害を防ぐはたらきです。たとえば森の木々は、降った雨をいったん葉や枝で受け止め、地面にしみ込ませることで、一気に下流へ流れ出すのを防いでいます。葉から水分を蒸発させる「蒸散」によって、まわりの気温を下げるはたらきもあります。アスファルトの照り返しと木陰の涼しさの違いを思い出すと、実感しやすいかもしれません。
3つめは文化的サービス。祭りや信仰、芸術、教育、観光やレクリエーション。富士山が見える風景を楽しむことも、森で何かを学ぶことも、自然がくれている恵みです。
そして4つめが基盤サービス。これら3つすべてを足元から支える土台で、その代表が「土」です。
普段あまり意識しませんが、広大な森の土は、人間ではなく自然の仕組みがつくっています。落ち葉や枯れ枝、生き物の亡骸を、小さな生き物たちが少しずつ分解し、植物が吸える栄養に変えていく。この「分解者」のはたらきこそ、森を下から支える土づくりの正体です。そして午後のフィールドワークは、まさにこの分解者に手を貸す作業でした。
切った木は、ゴミじゃない
午後の実践は、「バイオネスト型エコスタック」づくりです。
聞き慣れない言葉ですが、難しいものではありません。エコスタックの「エコ」は生態学的(ecological)、「スタック」は積み重ねたもの。倒木や枝、落ち葉を一カ所に積むだけで、そこが生き物のすみかになり、分解の現場になる。それがエコスタックです。バイオネストは、その枝を鳥の巣のように円く組み上げ、中に落ち葉を入れていく、少しおしゃれな形のものです。
一般的な公園では、倒木や枯れ枝は安全や景観の都合で片づけられてしまいます。けれど森の目線で見ると、それは大事な資源です。朽ちていく木や落ち葉の下には、たくさんの生き物が暮らしています。土をつくるダンゴムシやワラジムシ、ミミズ、菌類。朽木の中で冬を越すコクワガタやコガタスズメバチの女王蜂。落ち葉や石の下で暮らすアカシマサシガメ。彼らにとって、倒木や落ち葉は隠れ家であり、越冬の場であり、食べ物でもあります。
作り方はシンプルです。細い枝を杭のように地面に挿し、その杭の間に横枝を編むように組んでいく。あとは中に落ち葉や枯れ草を詰めていくだけ。午前中の間伐で出たような枝も、足元に積もった落ち葉も、すべて材料になります。
驚くのは、その手軽さです。参加したみなさんも、慣れない手つきから始めて、思いのほか短い時間で大きな鳥の巣のような形をつくり上げていきました。後日、研修を企画した担当者の方からは、「短時間でこれだけのものができるとは思わなかった」「解説に引き込まれた」という声をいただきました。特別な道具も、大きな予算もいらない。それでいて、森に確かな「すみか」がひとつ増える。この感覚こそ、冒頭で触れた「手応え」に近いものだと思います。
もちろん、ただ積めばよいわけではありません。生き物にとって居心地のよい場所には、ちょっとしたコツがあります。気温の変化が小さく、乾きすぎない、適度に湿った場所を選ぶこと。分解者の多くは乾燥に弱いので、日なたよりも、湿り気の残る環境のほうが向いています。
そしてもうひとつ、大切な注意点があります。落ち葉や土を、遠くの場所から持ち込まないこと。よその地域の土や落ち葉には、その土地にいなかった生き物や、地域ごとに少しずつ違う遺伝子が紛れ込んでいることがあります。それが運ばれてしまうと、長い目で見て地域の生態系をかき乱しかねません。材料は、その森や、同じ水の流れる範囲(流域)のものを使う。これも、自然と関わるうえで知っておきたい作法のひとつです。





一日で、終わらせない
このフィールドワークがおもしろいのは、午前の作業とひとつながりになっている点です。
午前に伐った木は、その場に置かれただけでは、乾いてしまえばなかなか次につながりません。けれど、それを集めて組み、落ち葉を重ねてやれば、分解が進み、生き物が住みつき、やがて土になって植物を育てる。「木を切る」という作業の先に、こんなにも長い物語が続いている。切った木は、片づけるべき「ゴミ」ではなく、森を次の世代へ手渡すための「資源」だった。その視点が腑に落ちたとき、午前中の汗の意味が変わって見えてきます。
しかも、つくったすみかは森に残ります。次にこの森を訪れたとき、そこにどんな生き物が暮らしているかを確かめる、という楽しみも生まれます。プロだけが人知れず守るのではなく、いろいろな立場の人がそれぞれの思いで森に関わる。その積み重ねが、県民の森の豊かさを少しずつ底上げしていきます。
今回の研修は、思いつきの一日ではありませんでした。NTT東日本グループは「自然と共生している未来」をめざす姿のひとつに掲げ、生態系保全活動に積極的に取り組む方針を示しています(NTT東日本グループ環境目標2030, 2017)。そのうえでNTT東日本 埼玉事業部は、2023年に埼玉県・埼玉県農林公社とともに「埼玉県森林づくり協定」を締結し、横瀬町芦ヶ久保の森で間伐などの整備に継続的に取り組んでいます(埼玉県「NTT東日本埼玉事業部の森林づくり」, 2023)。グループとして掲げる大きな方針が、地域では一本ずつ木を伐り、すみかを組み上げるという足元の汗へと続いていきます。印象的だったのは、参加されたみなさんが「肉体労働で終わらせたくない」とでも言うように、午後の問いに真剣に向き合っていたことでした。手を動かしながら「これがなぜ生物多様性につながるのか」を確かめようとする。その本気が、この一日を単なる体験イベントから、自然と誠実に向き合う学びの場へと変えていたように思います。
そして研修のいちばんの願いは、この一日で終わらせないことでした。県民の森で得た気づきを持ち帰り、参加者一人ひとりが、自宅やオフィスの近くにある森や林、里山に目を向けてくれること。週末に地元の保全活動へ足を運ぶ。そんな小さな広がりこそ、企業のネイチャーポジティブの裾野を支えていきます。
最初の一歩は、意外と近くにある
ネイチャーポジティブと聞くと、何か大きく、難しいことを始めなければならない気がしてしまいます。けれど今回の一日が教えてくれたのは、その逆でした。
枝を組み、落ち葉を入れる。たったそれだけのことが、生き物のすみかになり、土をつくり、森の未来につながっていく。大切なのは、完璧な計画ではなく、まず一度、自分の手で自然に触れてみることなのかもしれません。そこで生まれた小さな手応えが、「次はどうしよう」という前向きな問いを連れてきてくれます。
Nature Serviceは、埼玉・長野・栃木の森を指定管理者として預かりながら、こうして企業や自治体のみなさんが自然と出会う一日を、各地でかたちにしています。森の手入れから生き物のすみかづくりまで、その会社や地域に合った関わり方を一緒に考える。今回のような研修も、そのひとつです。
もし、自分たちの会社や地域でも何か始めてみたいと感じたなら。まずは、いちばん近くの森を、これまでとは少し違う目で眺めてみることから始めてみてください。切られた枝も、積もった落ち葉も、見方が変われば、未来の森を育てる資源に見えてくるはずです。

NPO法人 Nature Service 共同代表理事
自然大好きで気の合う仲間達とNature Serviceを立ち上げました。北極から南極、アメリカ横断、アフリカ、北欧、オセアニア、南米などいろいろな自然を求めて旅しています。自然好きですが虫キライです。