「世界各国の研究機関が報告した生物多様性と健康に関する科学的知見」全5回シリーズ

お気に入りの自然環境は人それぞれでしょう。ある人は山や高原など森林が多い環境が好きですし、別の人は川や海など水に囲まれた環境がお気に入りという人もいるでしょう。

自然環境に身を置くことは全般的な健康状態の向上と密接に結びつくことは報告されつつありますが、①緑環境・水環境などのように自然環境の影響を細分化して分析した研究はほとんどなく、②細分化した自然環境とうつや不安などの特定の精神的な健康状態との関連について分析した研究もありませんでした。

The Barcelona Institute for Global HealthのGasconらは成人958人(45~74歳)を対象にコホート研究*を実施しました。実験参加者の住んでいる場所とその周辺の緑環境・水環境との近接性となる指標を調べ(植生の分布状況や活性度を示す指標である正規化差植生指数:NDVI、緑環境への距離、水環境への距離)、それらの指標とアンケート調査によって得られた不安症やうつ病の病歴・向精神薬(抗不安薬、抗うつ薬)との関係について分析しました。

結果、以下のことが示されました。

  1. 住居周辺の緑が多くなることで、抗不安薬の使用が減ることが統計的に示されました。その一方、不安症やうつ病の病歴、抗うつ薬のそれぞれと住居周辺の緑には統計的に有意な関連性は認められませんでした。
  2. 緑環境への距離が縮まるとうつ病の病歴が統計的に低下することが示されました。その一方、不安症、向精神薬のそれぞれと緑環境への距離には統計的に有意な関連性は認められませんでした。
  3. 水環境への距離と不安症やうつ病の病歴・向精神薬には統計的に有意な関連性は認められませんでした。
  4. 1~3の結果に影響を与えている要因を分析した結果、最も影響を与えていたのは大気中の二酸化窒素であることが示されました。

今回ご紹介した研究はコホート研究であるため、緑環境・水環境などの自然環境と精神的な健康状態との因果関係について議論することは難しいですが、少なくとも緑環境にはポジティブな効果をもたらす可能性があることが示されたと言えるでしょう。今後さらに長期的な影響を分析したり、コホート研究ではなくRCT研究*が実施されれば、自然環境が人の精神に与える影響がより具体的に明らかになるかもしれません。そうなれば、自然のどんな物質や事象が人の精神に影響を与えるのか、新しい発見があるかもしれませんね。

【紹介した論文】
https://www.journal-of-cardiology.com/action/showPdf?pii=S0914-5087%2812%2900185-2
Environmental Research, 162, 231–239.

*コホート研究とは観察研究の一つであり、疫学研究分野の研究手法です。ある時点において研究対象の要因の有無によって病気の発生または予防がどのような影響を受けるのかを長期間にわたって調査します。例えば喫煙歴の有無の要因によって肺がんにかかる割合を調査するような研究が該当します。コホート研究の場合には様々な要因をコントロールしないため、調査対象の要因以外が結果に影響を与えている可能性は排除できません。その一方、実験群と対照群へのグループ分けを研究者がランダムに行い、そのような介入の効果を調べるものとしてRCT研究が挙げられます。RCT研究ではこのような問題は少なくなるとともに、グループ分けに研究者の主観などが入り込まないため、RCT研究の方がコホート研究よりも得られた結果は信頼性が高いとされています。

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